GROWTH
沖田と土方(沖土)
「土方ァ、暇ですかィ」
 細い竹細工の耳掻き片手に、遠慮会釈もなく沖田が副長室に踏み込んで来たとき。土方は思わず手にした万年筆を折ってしまうところだった。
 机の上のスペースを最低限残して積み上げられた溜息も出ない書類の山は、言うまでもなく沖田の行動のせいで生まれたものだ。
「忙しい、お前のせいで」
 けんもほろろに吐き捨てても沖田が怯むはずはない。
「ちったァ休憩してェでしょう?」
 相変わらず人の話を聞いているのかと問い詰めたくなる男だ。だが、コレに一々カリカリしていたら身が保たない。なんせこの書類を今日の勤務時間中に片付けなければ、サービス残業、最悪徹夜だ、こんなアホらしい徹夜理由はほかにない。休んでいる場合ではそもそもないのだ、それ以前に。
「お前といて休憩できるとは思えねェんだが」
 土方を最も疲れさせるのはいつだって彼だ。今も、ほら。眼前でちらちら猫を誘うように耳掻きを振られ、その片端についた白い毛玉が鼻先を擽り鬱陶しい。
 土方は小さく嚔して、万年筆をそっと机に寝かせる。
「堅ェことばっか言ってんじゃねェや──」
「しつけェな…」
 土方はゆっくり腰を上げ、座布団を机から少し離して座り直す。胡座の片膝を軽く叩いて、沖田を見据え口許だけで笑った。
「──来いよ」
 しかし沖田は、反射のように腰を浮かせたくせに、ぷいと外方を向いた。
「んな言い方じゃ行きたくありやせん」
 つんと澄ました横顔は素直になれない子供のようで、可愛いんだか面倒臭いんだかわからない。なのに、自然に口許が綻び、土方は俯いて表情を隠す。
「んなら、してやんねェぜ」
 平坦な声を出そうとしたのだけれど、その音にはどこか喜色が混ざり土方は小さく舌打ちした。案の定、こちらを向いた沖田はにやりと嫌な笑みを浮かべる。
「しょうがねェなァ、土方さん。んなに耳掻きがしてェんですかィ」
 勝ち誇った調子が気に入らない、と言えたらいいが。残念ながら腹も立たなかった。
「されてェ奴が一々うるせェんだよ」
 いそいそ腰を上げた沖田の温かい手が膝に触れ、どかっと頭が乗せられた。目を射ようとしているのかと思うほどに勢い良く、ずいと耳掻きが突きつけられる。引っ手繰るように奪い、土方の腹部へ彼の顔を押し付けた。
 隊服の厚い布地越しにも確かに伝わる体温がむず痒い。
 ティッシュの箱を引き寄せ、彼の耳孔に細い竹細工の先端を差し込んだ。
 万が一にも傷つけぬよう細心の注意を払い、そおっと敏感なそこを辿る。
「…ん──」
 心地よさげな声にぞくりと背が震えた。
 無防備な腰にぎゅっと手が回される。どきりと鼓動が大きくなった。
「──土方さん…」
「なんだ…?」
 表情を覗こうとしたが、顔をぎゅうぎゅう押し付けられてそれはかなわなかった。ただ、その体温にひじかたが微かに疼き、土方は小さく深呼吸を繰り返す。自然肝心の作業が疎かになった。
「手ェ、止まってやすぜィ」
「──わァってる」
 ひんやりした耳朶を軽く引っ張り、外耳の襞を丁寧になぞった。
 この後は、まだ大量に残った書類を片付けなければならない。小休止の最中に不埒なことを考えている場合ではなかった。
「──ですぜィ」
「あ?」
 微かな吐息に混ざり零れた音が聞き取れず、首を傾げる。
 手の中の沖田の耳が、じんわり熱を持って朱に染まった。


2013.5.30.永


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