GROWTH
沖田と土方(沖土)
 朝目覚めたら寒気がした。何故だかやたらに重い瞼を持ち上げ、全身びりびり痺れるのを圧して自分の体を見下ろすと。どうしてそうなるまでに気付けなかったのか疑問を覚える程に、ばっちりがっつり緊縛されていた。
 正面に立つ人影は逆光を受けよく視認できない。だが、沖田であろうことだけは直感で確信する。
「こォんな野郎がビジンに見えるなんて、俺もそろそろお迎えかィと思ってたんだがねィ」
 根拠のなかった確信は、彼が声を発することで色濃いものになる。しかしそれにしても、しみじみしたその口調は場違いこの上ない。
「無断で縛って、言うこたァそんだけか」
 沖田があまりに飄々としているので、ハラワタ煮えくり返らんばかりの自分の反応がむしろ浮いている錯覚すら感じるが、こちらが正常なはずなのである。
 沖田のひんやりした手がすうっと土方の喉元を辿り、顎をぐいと持ち上げた。
「いやァ?」
 視線が痛いくらいに絡む。
「アンタがあんまり尻軽だから、躾が必要かねィと」
 にまァ、と彼の紅い唇が歪な弧を描く。しかしその瞳は僅かも凪がない。
「誰が尻軽だっ!?」
 聞き捨てならぬ心当たりのない言葉に、ただでさえ開きやすい土方の瞳孔はぐっと大きく広がった。
 沖田の瞳の中の土方が、平静より黒眼がちにつよく土方を睨み返している。沖田の大きな瞳が眇められた。
「誰にでもそうやって誘ってんじゃねェってんでィ」
「あァ?」
 訳がわからない。
 今、土方はこれ以上ない苛立ちを感じているのに、何がどうして誘惑になるのか。言い掛かりとしか思えない。
 怒りに高揚した瞳が沖田のそれに映る。沖田は殊更に大きな溜息をついた。
「わかんねェのかィ…可愛いツラ他人に見せんなっつってんでィ」
 意外過ぎる言葉に、瞬間土方の瞳孔がすうっと収縮する。
「──俺が可愛く見える奴はあんまりいねェぞ」
 からかっているのだ、彼はきっと。そう判断したいのに。
 眼光鋭く土方を見据える彼は瞳孔をゆるゆる開き、口元を歪め低く唸った。
「鏡見てから言いなァ、とにかく──面でもつけっかィ、アンタ」
 怒りにぎらつく紅瞳は瞳孔を開ききったせいか常より黒眼がちで、背筋をなんともいえない痺れがぞくりと舐め上げた。
 動揺を誤魔化すように、努めて低い音を出そうとしても。声帯を通過したのは掠れたそれでサマにならないにも程がある。
「──隠すほど酷ェってか?」
 せめてもと精一杯鋭い視線をぶつけた沖田は、喉仏をそっと上下させ紅い舌でその唇を右から左へゆっくり撫でた。
「それでェ、そのツラでィ。見ていいなァ俺だけでィ」
 漸く得心がいった如く一人頷く沖田だが、土方はそれどころではない。沖田の紅い瞳は誘うように濡れ、鋭い光を纏ったままに開いた瞳孔が土方を絡め取るように輝く。
 目が、逸らせない。
 沖田の指先が土方の目の際をゆっくりとなぞった。つよい瞳が眇められ、土方はぎくしゃく唾を飲み下す。妖しいちからに翻弄されて呼吸もうまくできない。両手首を拘束する縄がきちきち呻いた。
 だが。
 土方を捕らえて離さぬ魔力もまた、土方に取り憑かれているらしい。互いに見えぬ鎖を雁字搦めに絡ませ合い、勝手に互いに溺れている。
 ──もう、ほどけぬほどに。


2013.4.8.永


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