GROWTH
沖田(沖土)
 余裕なんてねぇ。いつだってあんたに首ったけでィ。
 ぜってぇ、教えてなんかやりやせんがねィ。
 だから──
 グッバイ、フクチョー。迷わず成仏さしてやりやさぁ。


 マヨネーズを山盛りにした食事を口に含んだ瞬間、慣れ親しんだ味に混ざって僅か危ない刺激が舌に響いた。反射的に吐き出そうとしたとき、
「おはよう、トシ!」
近藤に肩を叩かれ、思わず嚥下してしまった。
 食道を下っていくそれは、焼けるような痛みでもってその存在感を必要以上に示している。数瞬後、胃に到達した時には火の玉のように熱くなり、一刻も早く吐き出さねば、と思うのに、目の前に霞がかかっていく。手足が痺れ、言うことを聴かない。
 制御できない上体が重力に従い、マヨネーズまみれの朝食に顔面から突っ込んだ。
 マヨに溺れて死ねるなら、悪くないかもしれない──と、ぼんやり考えたのを最後、意識を失った。


「副長〜っ!」
 山崎が、大声で喚いている。
 とても、うるさい。
 土方は、やたらと重く感じる瞼をゆっくりと持ち上げる。と、鼻先が触れそうなほど近くに、山崎の顔があった。
 そのあまりの大きさに、とっさに片手で押し退け──視界に入った自分の手に、違和感。
 ピンク色の肌を覆うように生えた、細かな白い毛。華奢な爪。そしてその大きさは、見慣れた部下の顔と比べ、あまりに小さすぎやしないか。
「ふくちょー…」
 山崎の指先がそっと土方の手に触れ、頬がだらしなく綻ぶ。
「可愛いですっ! すごくっ!!」
 両掌で包み込むように抱きしめられ、息が詰まりそうだ。


「──これはどういうことだ?」
 今の自分には姿見として充分過ぎる大きさを誇る手鏡を前に、土方は小さく唸る。その後ろに正座して山崎は、深刻な表情を取り繕い低く呟いた。
「──ハムスター、みたいですね」
「みたいじゃねぇっ! まんま、ジャンガリアンじゃねぇかっ!!」
 思わず声を荒げると山崎は、にへらっ、と頬を緩ませ、すぐに引き締める。
「──そうですね、あの、副長…とても、愛らしいです」
 何の救いにもならない。
「総悟が、なんか盛りやがったんだな」
「えぇ、そうみたいですね。今、解毒剤を取り寄せてるんですが。なにぶん、天人の薬だし、地球じゃ生産してないらしいんですよ」
 だから数ヶ月はそのままでいてもらうことになると思います、と言い切った山崎を殴りつけても、彼は幸せそうに笑うだけだ。
「副長…なんですか、この猫パンチ…あぁ、違うな、ハムパンチ? とっても可愛いですね!」
 愛おしそうに頭を撫でる指に思いきり噛みつくと、やっといつもの情けない悲鳴が響いた。
 それに溜飲を下げ、更なる攻撃に転じようとしたとき、ひょいと項をつまんで持ち上げられる。ぎくりと手足をばたつかせるが、手の力は緩まない。
「まぁ、意思疎通はできるようで、なんの問題もねぇでしょう?」
「総悟っ! てめぇ…」
「隊長、まさか…連れて行く気ですか?」
 青ざめる山崎に、やんわり空恐ろしい微笑みを向け、沖田は土方を覗き込む。
「解毒剤が手に入るたぁ誤算だったが…まぁいいや。予定通り、今から討ち入りといきやしょうかィ」
 指示はしっかりお願いしやすぜィ、と言ったかと思うと、胸ポケットに放り込まれる。
 狭い空間の大半を無線機が占めていて息苦しい──のが、少し心地よいのは、ハムスターの習性だろうか。
 それとも、彼の鼓動が響くからか──土方は頭をぶんぶん振ってそれを否定する。
 心地いい空間を裂くように、無線機が指示を求めてがなりだした。

 こうして、元に戻るまで土方は沖田の胸ポケットを住処にさせられ、何処へでも連れて行かれる羽目になる。耐えきれず山崎や、他の者の所へ逃げ込んでも、すぐに迎えがきて、気の休まる時がない。
「いやぁ…土方さんをペットにするってぇのも、悪かねぇですねィ」
「──戻ったら覚えてろよ…」
「あれぇ、そんなこと言っていいんですかィ、今なら、あんたを一捻りで殺せるんですぜィ」
 ハムスターにとっての数ヶ月は、とても長かった。


2011.11.20.永


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