GROWTH
沖田と土方、山崎(沖土&近高)
 近藤が朝になっても帰って来ない。
 常ならば彼はああいう男だし子供でもないのだから、1日帰らないくらいで目くじらたてることもない。警察機関の大将であるからには連絡のつく状態であってほしいが、急ぎ呼び戻す理由があるわけでもないならば。
 だが、巡回にでていた沖田が、近藤が高杉晋助らしい人物と共にいるのを目撃したと土方に報告を上げ、更に近藤と連絡がつかないとなると話は違ってくる。
 近藤の腕は信頼しているし、高杉にそうそう遅れをとるとも思えない。だが、同意の上共にいて、しかも一向に捕獲したと連絡が来ないなんてことが許される関係ではない、沖田が見たのが本当に近藤と高杉であったならば。
 内容が内容だけに隠密に山崎を動かし、昼前には某宿屋に高杉らしき人物が入ったのを突き止めた。近藤はまだ帰らないが、彼は今日有休を取っている。
 主人を脅迫のように説得して沖田と山崎のみを伴い宿屋に押し入り、なるべく足音を立てぬよう二階へ駆け上がる。
 引いた襖は抵抗なく開きがらんとした和室で、窓の桟に腰掛けた高杉が煙管をふかしていた。二間続きらしいそこの奥の部屋は、襖が閉ざされ窺えない。
 近藤は見当たらないが、高杉が指名手配犯である事実は変わらない。
 彼は驚いた風もなく土方達に視線を投げ、ゆったりと口端を持ち上げた。
「幕府の犬かい、そこ、ちゃんと閉めておきなァ」
 潜めた声に思わずそっと襖を閉め、直後、つい従ってしまったことに反射のように怒りが込み上げる。
「幕府の犬? 笑わせるな、俺は近藤さんの犬だ!」
 自称犬な土方の嗅覚は、姿の見えない飼い主が確かにここにいると訴えていた、そう奥の間にきっと。
 ゆったりと立ち上がった高杉が、その襖を背にこちらに向き直ったとき、その予感は確信となる。
 刀を抜きこそしないものの隙も窺わせない高杉に斬りかかろうと鯉口を切った、瞬間。淡々とした声が左後ろから響いた。
「──んなら、俺ァ近藤さんの猫でィ」
 踏み込もうとしていた土方の足がずるりと滑る。
 高杉は面白そうに唇を歪ませた。
 未だ動こうとしない高杉を警戒しながらも、沖田のあまりに緊張感のない態度に疲れがこみ上げる。
「お前…人がせっかくビシッと決めた横で…」
「いやァ全然決まってやせんから心配すんなィ」
 指名手配犯と対峙した現状を理解していないような沖田の態度に、土方の額へ青筋が浮き上がった。
「んだと、この野郎!」
 柄を握る手に力がこもり、高杉さえ目の前にいなければ沖田に斬りかかっているところだ。土方の殺意の大半を浴びて沖田の纏う空気も楽しげに昂進する。
「ちなみに」
 嫌な予感がした。
「‘近藤さんの犬’は俺のネコでさァ、手ェ出すんじゃねェぜィ」
「へェ、そうかい」
 高杉の隻眼が楽しげに細められた。
「総悟、お前敵に何宣言してんの!?」
 あまりに状況に相応しくない味方の態度に土方の声も裏返る。
 と、右後方からものんびりした声が届いた。
「あ、それと俺は‘近藤局長の犬’の狗ですから、よろしく!」
「山崎ィ!?」
 あまりと言えばあまりな味方達のすっとぼけっぷりに、さすがに一瞬高杉の存在が吹っ飛び振り返った。
「お前もなに普通に宣言してんだ!?」
 致命的な隙を高杉が突く気配はなく、異様な状況は土方を置き去りにのんびりと進行していく。
「ザキィ、‘近藤さんの猫のネコ’の狗にしときなァ」
「嫌ですよ、長いじゃないですか」
「違ェだろィ、現実から目ェ背けただけだろィ」
「背けたいけど見せつけて来る人がよく言いますね」
 目の前に高杉がいて、近藤の安否もわからないのに。こんな呑気にしていられる事態ではないはずなのに、味方に緊張感なんてものは見当たらない。
「てめェら、んな話してる場合じゃねェだろォがァ!」
 たまらず声を張り上げたとき、高杉の背後の襖がゆっくりと開き、当の近藤が顔を出した。着流しをゆったりと羽織り、見たところ外傷もない。
「近藤さんっ! 無事だったか!!」
「トシ? おう、俺は元気だぞ!」
 安堵の声をあげる土方に首を傾げるも、近藤は大らかに笑った。高杉に動じる風もない。
 ささやかな違和感は、高杉が当たり前のように近藤の頬に触れることで明確になった。
「起きたのかい」
「ん、なんか騒がしいし…それに俺ァそろそろ帰らねェと」
 近藤も当然の如く高杉の手に目を細め、肩に触れて隻眼を見下ろす。
「あァ──そんな時間か。お前さんの迎えは来たようだし、俺ァここで失礼すらァ」
「そうか? またなァ」
 声音は友人と言われれば納得するほど親しげで穏やかで、さり気なく互いに触れ合う距離感はまるで──
 そんな風に接していれば、きっと志村妙も彼に素直に靡いたのではないかとすら思える。
「あの、近藤さん。それ、誰かわかってるよな…?」
「──高杉、だな」
 一応立場は理解しているらしく、視線を逸らす近藤に助け舟でも出そうとしたか、山崎がのんびりと爆弾を投下した。
「副長、やっぱり知らなかったんですか、局長と高杉の関係…」
 ──夢であればどんなによかったか。
 目の前の現実を抹消したいとこんなに願ったことはかつてない。
 全て知っていたらしい沖田が、すっと目を細め土方を見据えた。


2012.11.20.永


あきゅろす。
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