GROWTH
沖田と土方(沖土、R15)
 煙草の吸いすぎで白く濁った室内のせいか、薄黄色の気体が床下から立ち上って来たのに気付くのが遅れた。結果、腰が砕け、ガスマスクを被って侵入して来た沖田にあえなく取り押さえられた。
 もはやどこから突っ込んでいいかわからない。障子も襖も開け放ち、風通しのよすぎる部屋で土方を縛り上げた沖田は、開放感溢れる状態で土方に伸し掛かった。
 縁側と廊下の双方が開かれた副長室は、覗き放題だ、間もなく帰還する山崎が報告に来る予定でもあるし、こんなことをしている場合ではない。しかしどうにも力が入らず、体は動かない。
 そんな土方に跨がって沖田は、にやりと口端を持ち上げた。
「天人の技術ってなァすげェねィ…」
 そうして懐から、何やら怪しげな小箱を取り出す。
「あんた知ってやすか、処女膜生成術ってのがあるんですぜィ、ほら、こんなキットまで売ってやがった」
 見慣れないカラフルなパッケージに、背筋を悪寒が走った。
「何の話してんだよ、総悟、ほどけっ!」
 喚く声も琴線には触れぬらしく、沖田はゆったりと土方の頬を掌で辿る。猫のように目を細め、低く呟いた。
「土方さん、俺ァ、あんたの'初めて'ってヤツが、どうしてもほしいんでさァ」
「…あ?」
 瞳を見開く土方に構わず沖田は、淡々と続ける。
「けどねィ、どこの馬の骨ともしれねェヤツにみィんな捧げちまってっでしょう、あんた」
 無感動にすら聞こえる音に確かに含まれた狂気が、ざらりと空気を舐めた。はだけられた胸元に、ぞわりと鳥肌が立つ。
「──初めて付き合ったのはお前、じゃダメか…?」
 喉から無理矢理押し出した言葉は気まずく掠れた。
「駄目でさァ、初めての接吻が俺ならギリで許してやってもかまいやせんが」
「そりゃ──」
 今更言っても詮無いことにかつてのファースト・キス、セピア色の思い出が鮮やかに蘇──らなかった。
 沖田以外とのキス、なんて。まるで思い出せない。
 確かに、初めての性体験の相手は沖田ではなかった。しかし接吻、となると──
 彼との記憶しかない。だが沖田は聞く耳なんぞハナから持ってはいなかった。
「姉上でさァねィ?」
 更に冷えた声音が、土方の首筋を嬲った。
「あいつとは──」
 沖田の瞳が痛ましげに揺れた。自ら引き合いに出した人物の存在に、勝手に傷ついている。
「何もなかった…」
 土方とてなんでもないようには語れない存在に、唇を噛む。
 沖田は纏わる痛みを振り切るようにかぶりを振って、土方の腰を抱き直した。
「とにかく…すぐ済むから、大人しく足ィ開きなァ」
 不穏な指先が怪しげなキットのパッケージを開く。太腿をきゅっと押さえられた。反射的に退ける腰は彼の体重でもって引き留められる。
 沖田の本気の瞳が土方を見据えた。
「嫌だっ!」
 自然切羽詰まる声にも、沖田はまるで動じない。
「野郎に処女膜なんざつけたら、おちおち便所も行けねェじゃねェか!」
 沖田の指先が土方の顎を辿る。
「そんな心配しねェでも、すぐ破いてやりまさァ、俺のでねィ」
 背筋を悪寒が包んだ。
「んな…それに、すげェ痛ェんだろ、破くのはよ」
 実害の有りすぎる展開に思わず漏れた危惧は、言った直後に後悔した。
 土方が痛いだなんて、沖田を喜ばせるだけだ。案の定沖田は、今日はじめて、嬉しそうに口元を緩ませた。
 頬を引き攣らせる土方に瞳をあわせ、輪郭を辿る手つきはどこまでも優しい。
「そうでさァねィ、きっと、‘初めて’より痛ェでしょうねィ…」
 ゾッ…とした。反射的に逃げを打とうとした体はやはり動かない。
 ぴりぴりと小さな音をたて、ついに外箱のパッケージが開かれる。
「あぁあぁ…違ェよ、そうじゃねェ、ニセモンだから、きっと、初めてとかそんな価値はねェ──」
 なんとか説得しようと紡いだ言葉は、沖田がにっこり微笑むと同時に宙に途切れた。
「ガタガタしつけェや…」
 満面の笑みの沖田、なんて見たくもないモノが間近にある。
 畳に触れた背が汗に濡れた。
「俺がやりてェってんだから大人しくしなァ」
 だが、このくらいで引き下がれるはずもない。あんな怪しげなキット、何があるかわからないではないか。よしんば聞いた効能以上はなくとも十分過ぎる程に問題だ。
「大人しい処女がよけりゃヨソを当たってくれ、頼むから!」
 必死の訴えも沖田の笑みを深めるだけだ。
「俺ァ、あんたの処女がほしいんでさァ」
「だから、そりゃあニセモンだっつってんだろ!」
 ──泣きたい。泣きたいけれど、泣いたところで助けなどあるはずもないのだ。
 キットの箱から中身を出し、怪しげなチューブ片手に沖田は説明書らしい紙片を睨む。
 ややあってそれは土方の胸元に放り出された。
「よくわかんねェや…とりあえず、これを塗りゃァいいんだねィ?」
「ちょっ…待て、せめてちゃんと読めっ!!」
 後腔を拓こうとした指先が止まり、ちらりと視線が合う。
「じゃああんた、俺にわかるように説明してくだせェ」
「なっ…」
 そう言われても、両手を縛られ固定された状態で胸の上に転がる紙など…
「ほどけっ!」
「嫌でさァ」
 にべもなく吐き捨てられ、仕方なく首を持ち上げ苦しい体勢で字を追う。
 ──確かに、よくわからない。だってそもそも、これが字だという確信も持てないくらいに見覚えがない。しかし絵にも見えない。
「…何語だ、これ…?」
「どこだったか…輸入元の星の公用語じゃねェですかねィ。全く読めやせん」
 あっさり告げられたとんでもない言葉に疲れを覚える、間もなくぬるりと怪しげなチューブから絞り出されたゼリーを纏った指先が後腔を撫でた。触れられたところが刹那ぴりりとしみ、直後ぎしりと嫌なこわばりに包まれる。
 むず痒いような痛いような複雑な違和感に息を飲む土方を尻目に、指は遠慮もなく中に滑り入りそれを塗りたくっていく。
「まて──そうごっ…」
 沖田は機械的にそれをたっぷり塗り付け、説明書をまた手にした。なんとか解読しようとしているらしい瞳は真剣で、それを仕事にも発揮してくれたらと心底思うけれど、残念ながら今はそれどころではない。
 敏感な局部からこらえようもない痺れが襲い、勝手に入り口がひくひく動く。しかし、その度引きつるような痛みが脳天まで突き上げる。
 素直に興奮させてくれない媚薬、といったところか。とにかく、苦しい。
 しかし見上げた沖田は、マウントポジションで説明書に夢中で、腹立たしいことこのうえない。
「そうごっ…!」
 声を出すと同時に激痛が襲い、脂汗が滲んだ。
 漸く彼がちらりと土方を見下ろす。
「どうですかィ、気分は?」
「──さいあく、だ…」
 なんとか吐き捨てたものの、とても苦しい。
 この解決策はやはり、入れてもらうことなのだろうか。しかし沖田にねだるなんて真似はしたくない。それに、ねだったところで、後は楽かもしれないがまず襲うのは破瓜の痛みだろうと確信してしまう。
 これでも、嫌いにはなれないなんて──本当に、最悪だ…腹の中でそう呟いて、土方は奥歯を噛み締めた。


2012.10.23.永


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!