GROWTH
臨也(臨静、R12)
 完璧な人間なんて、面白くない。そんな奴は存在しないと思っているし、もしそんな者がいるのならこの折原臨也をおいて他にないと考えているが、それはともかく。完璧なら、臨也の甘言に心動かされたりしない。そんなAIみたいな人間は、臨也の愛する人間ではない。臨也は嵐に振り落とされそうな葉みたいな人間の方が好きだった。嵐を起こしているのが他ならぬ臨也だとしても。
 知っているかい。御神木とやらが紅葉しているにも拘わらず、落ち葉ひとつ落ちていない境内が決して人の琴線を擽らないように、完璧であることはイコール魅力的であるなんて言えはしないんだよ。当然だよね。人間はみんなどこかしらに欠点がある。悪く言えば隙とも表現できるそれが、その人をより人間らしく愛おしく魅せるのさ。その弱味をちょっと、つついてあげたくなるくらいに愛おしくね。
 日本人は、落ち葉ひとつない境内に美を感じないともいうが、つまり、臨也にも日本人らしさがあるということなのだろうか。完全なものはいくら眺めてもただ完全であるというだけで面白味はないが、様々なプレッシャーに歪み、狂い、壊れていく人間は愛おしい。そんなことを滔々と語っても波江は、聞いているのかいないのか無表情にカタカタとキーボードを叩くだけだ。
「お前は本当につまらない女だねえ!」
「あなたほどじゃないと思うけれど」
 なるほど、波江にとって臨也はつまらない男なのだな、とふと納得する。確かに、弟にしか興味のない女にとって弟以外の男は全てつまらないだろう。例えそれが雇用主であったとしても同じことだった。臨也は無関心にパソコンの画面を見つめる波江の横顔を暫し視線で眺め回し、稍あって勢いよく立ち上がった。
「ちょっと出掛けてくる」
 波江は目を向けることすらしないが、構わずにコートを羽織った。とにかく他者に興味の薄い女を眺めていたら、世界で一番完璧から程遠い化物の姿を見たくなってきた。奴は臨也の邪魔ばかりして大変に忌々しく、鬱陶しく、殺意を煽るのが上手い憎い男だが、それでもその動向を逐一観察し、たまに顔を見たくなる程度に好意は持っていた。他の人間達よりもずっと深い好意であるのは残念な事実だが、肝心の彼が好意を好意で返してくれる気も、臨也の話を聞く気も全くないものだから関係は一向進展しない。


 静雄には、近付くよりも風下から眺める時間が必要だ。臨也の気配を察知するとすぐに額に青筋を浮かべて突っ込んでくるものだから尚更である。彼は、臨也だって静雄がトムに向けるような笑顔が見たいのだということを全く理解してくれない。それが多分に自業自得である自覚はあっても、その笑みを諦める気は全くない。完璧とは程遠い静雄の心の緊張が解けた瞬間など、美しいに決まっている。監視カメラの映像でなく、直接見たいのは当然だった。舐めるように見つめて、決して自分には向けられたことのない柔らかな表情を堪能したあと、彼の視界の端に滑り入る。静雄の瞳が見開かれ、即座に唇の端を吊り上げて額に青筋を浮かべた。彼はいつも、臨也の気配を先に察知して襲ってきているつもりだろうが、それと同じくらい頻繁に臨也がわざと見つけられに来ていることをきっと知らない。そして彼はそんなこと、まだ知らなくてもいいのだ。手の中で踊って愛しいのは人間だけれど、美しい喧嘩人形をその中に加えたいと思うのは何もおかしなことではない。全てを手にしたいのは臨也の方なのだから。



2021.7.10.永


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