GROWTH
高杉(高土)
 元来優しい男には、仲間に隠れてこそこそ付き合いを深める恋人も、その恋人がよりによって敵方の総督であることも、存外荷が重いことであったらしい。普段は何を言うでもなく、もちろん機密を漏らすこともなく、こそこそと遭い引いて体を重ね、互いに食の好みには口出しするまいと決めた上で食卓を囲んだり、まァまァ平穏に付き合っている。だが、二人きりの隠れ家で酒を酌み交わし、褥へ誘う暇もあらばこそ先に酒に呑まれてささやかな卓袱台に突っ伏した土方は、空耳かと疑うような微かな声で、常日頃匂わせもせぬ弱音を吐いた。



離さねェでくれ…? は、今更手遅れさ。俺ァもう、てめェが傍らにいねェ俺を忘れちまった。
先生の弔い合戦に身を賭した俺の、僅かばかり残った執念以外の御霊を攫っておいてなお、俺から逃げられるなんざァあまりに甘い考えだぜ。


 いよいよ正体を無くした土方に脱いだ羽織をかけてやり、さてこの男をどうしてくれようかと思案を巡らせる。聞かなかったフリをして目覚めた土方を解放してやることも可能だが、同じくらい簡単に、二度と真選組には戻れないところまで攫うことだってできた。当たり前のように土方がここに出入りして数年になるが、ここは高杉が江戸に来た折の仮宅であり、呼べば直ぐに鬼兵隊を集めることだってできる。そして正体を無くすほど飲んでいるのだ、さしたる抵抗にあうことだってないだろう。土方が手に入れば、鬼兵隊の役に立てることもできる。土方は頭もいいし腕もたつから、野望のために傍におくのに損はない男だった。だが、彼はあくまで近藤の元で刀を持つことを望んだ男だ。体の関係にいくらのめり込んだとしても、近藤をいとっている訳では無い。近藤のためなればこそあの強さを持ち、鬼の副長と言わしめたとはいえ、その情熱が高杉の元でも続くものだろうか。このバラガキ上がりの男は、近藤のように夢を見てキレイな世界を生きている訳では無い。近藤が真選組を率いたりなどしなかったら、元々こちらにいてもおかしくない男だ。だが、近藤に出会い、その手を取ってしまった。そうして、土方にとっての正義は近藤になった。高杉に体を許しているところから見ても、その逆の攘夷志士は悪だと断定してはいないだろう。ただ、近藤を飼っている幕府が攘夷を狩ることを命じているから、近藤のために従っているに過ぎない。そこまで近藤を慕うこの男から、近藤を奪ってしまったなら──いや、それならばいっそ近藤ごとさらえばいいのだろうか。しかしあの男はきっと土方より御し難い。近藤を人質に言うことを聞かせるのでは本末転倒だ。近藤が自ら鬼兵隊に膝を折れば話は別だけれど。

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 酒を飲んで正体を無くしていたら、そのときの発言なんて大概記憶の彼方へ飛んでしまう。だが、朝になっても土方は、残念ながら全て覚えていた。流石に上質な酒は二日酔いすらもなく、爽やかな目覚めに水を差すように昨夜自分が、よりによって高杉なんかにほざいてしまった甘い懇願に頭を抱える。高杉の傍にずっといたら土方は土方でいられなくなってしまうのに、心の底ではそれを望んでいた自覚があったから余計に辛い。高杉が真に受けたらもっと怖い。高杉が本気になったら、土方1人くらい闇に引きずるのはお手の物だろう。その彼が何も言わずに煙管を吹かしているのが更に怖い。


2021.6.23.永


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