GROWTH
臨也(臨静、幽ル)
「‘あなたしか見えない’の? 世界にはまだまだまだ面白い人間達が溢れているのに、たった一人、掛け替えのない一人しか見えないんだ。眩しくも愚かだね。人と人はいつしか離れるようにできている。手を離されてしまったとき、君は立っていられるのかい?」
 結婚式で流される、頭に花の咲いたような互いの世界に夢中な二人の姿を歌った音楽を聞いて漏らす感想として、臨也が楽しげに笑って新婦に話しかける第一声は、相当に空気の読めていないものではあった。いや、臨也は空気を読むことはした上で、敢えて叩き壊しに行っているのだろうけれど。対する聖辺ルリもウェディングドレスに眩しい笑顔で臨也に怒りを向けるわけでもない。
「大丈夫ですよ、私は幽平さんしか見えなくても。幽平さんは死んでも私から離れませんから」
 流石の営業スマイルで滔々と述べると、話を続ける隙を与えずサッと背を向けて隣のテーブルへ行ってしまった。聖辺ルリは表情にも態度にも立ち居振る舞いにも、苛立ちの片鱗すら窺わせず、さすがだなあと見送り、新羅は眼前のテーブルに並んだフランス料理に意識を戻す。臨也も静雄も同じテーブルについているのだ、今は大人しい静雄がキレたら確実に台無しになる料理を今のうちに楽しんでおかない手はない。
「聞いた、新羅。形無い愛を真っ直ぐに信じ合って──ああ、それは君もか」
 ちょうど口一杯食べ物を詰め込んだところで絡んできた臨也は、一人勝手に納得する。空気を読むことも読まないことも得意な臨也は、まさか聖辺ルリを怒らせたいわけでもないだろう。だとしたらターゲットはやはり同卓の静雄なのだろうか。
 一連の流れが目に入っていないはずもないだろうに静雄はどこかぼんやりとタキシード姿の弟だけを見つめている。静雄が構ってくれないから寂しいのだろうか。だがここで日常的な交流をされてしまうと結婚式場が崩壊する。それを見越して静雄も怒りを抑えているのだろうか。
 新羅は口内のものを飲み下してまじまじと静雄を観察し──直ぐにその馬鹿げた考えを否定した。
 静雄の忍耐力はそこまで強くない。きっと弟の結婚に色々思うところがあり過ぎて他の全てが目に入っていないだけなのだろう、彼は相当にブラコンだ。そして、ということは臨也は、静雄の関心が真っ直ぐ自分に向けられていない、というか存在を認識されているか怪しいレベルであることが面白くないのだろうか。全くもってくだらない。静雄が沸点を突き破りでもしなかったら他の者は大人な対応ができ、式は恙無く終了し、暫く静雄の関心は臨也を掠めもしないからといって。
「そんなに羨ましいなら折原も結婚したらいいんじゃないの」
 漸く口内のものを嚥下し、笑みを向ける。
「はあ!?」
 目を尖らせて素っ頓狂な声を上げる臨也にも、静雄は反応しない。どうやら彼のブラコンは致命的な域に達しているらしい。
「俺が?そんな面倒なだけでメリットのない結婚なんてしたい訳ないだろう!?」
 結婚式場で叫ぶ内容ではない。だがそれだけ大きく彼の心を揺さぶったということは、満更何とも思っていないはずがない。そう、例えば。
「そうかなあ。静雄となら面倒でもしたいとか、思っているんじゃないのかい」


2021.5.28.永


あきゅろす。
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