GROWTH
山崎(山土)
 山崎は、出会いがあんなだった割には可愛い犬になった。その男が、土方が好きだとほざいたのでつい付き合ったりもした。そうしたらますます可愛くなった。だが、土方の可愛い犬は実は結構寂しかったらしい。


白々しいかもしれませんが、俺はちゃんとアンタが好きでしたよ、土方さん。
けど──アンタは、アンタのことが好きだと振る舞う犬が欲しかっただけでしょ。
本物の犬の方が、きっとずっと真っ直ぐにアンタを想ってくれますよ。性欲の捌け口も、犬としての純粋な愛情もだなんて欲張りです。
アンタの要望に応えられん駄犬で、申し訳ありませんでした。


 真面目な顔をしたらコイツも地味だがイケメンだな、と現実逃避のようにぼんやり思う。土方にとって山崎は、たった今この瞬間まで要望に応え続けてくれる名犬だった。だが、犬らしく主人を慕うフリをして欲しかったわけでもない。表面はどうあれ、心の奥の方で好いていてくれたらそれで構わなかったし、その要望はきっとたった今この瞬間も果たされていた。つまりは、土方には別れたい理由は全くないのだけれど、この言いぶりから察するに山崎の方は終わらせようとしているらしい。
「──で、てめェはどうしたいんだ」
 この流れでこう訊くからには、別れたいと言われると思っていた。それにどう応じるかはまだ決めてはいなかったけれど、とにかく奴の話を聞かねば始まらない。常日頃如何に傍若無人に振り回していても、時間を割き、話を聞いてやりたいと思う程度には情も愛もあった。──告げたことは、ほとんどなかったけれど。
「俺──土方さんに、愛されてェです」
「…あァ?」
 だから、悲痛な顔をして吐かれた言葉の意味を、咄嗟には理解しかねた。だがそれは、山崎には拒絶と受け取られたらしい。みるみる悄々と打ち拉がれてしまい、土方は内心だらだら冷や汗を流すけれども、咄嗟に言葉が出てこない。殴りつけても蹴りつけても嬉しそうな顔で付いて来てくれた山崎は、実はすごく我慢してくれていたのだろう。だが今更素直になるには、これまで甘い言葉のひとつも吐かない時間が長すぎた。だからといって今声をあげなければもう手の届かないところにいってしまう。そうなると、仕事上もとても気まずいし、何より土方はこの男がまだ欲しかった。
「──てめェがバカなのは、今に始まったことじゃねェだろう」
 なのに、この期に及んでまだこんな物言いしかできない。土方は言葉を探して唇を開閉し、言いたいことが形になる前に煙草を銜えた。この男が本当に好きだった。だがそれを一体どう伝えたらいいだろう。鼓動ばかりが高鳴って、上手く舌も頭も回らない。頬が熱くなり、呼吸が苦しくなる。深々と吸い込んだニコチンは肺にたるまり、もどかしい。
「──山崎…」
 山崎はじっと土方をみつめ、そしてきっと言いたいことの大半を察した。しかし何をも言わず言葉を待っている。表情から悲愴な色は薄れ、つまり期待されている。今まで殴られても蹴られてもどんなに理不尽な扱いをされても真っ直ぐに土方を慕い続けてくれていた男が、他ならぬ土方の甘い言葉を待っている。幕府のクソ忌々しいどんな重鎮でも、こんなにも土方に甘く重い圧を与えることなどできはしない。羞恥とときめきを綯い交ぜに、恥ずかしさで死ねそうだ。
「土方さん──」
 しかも奴はあくまでも土方の言葉を待っている──そう思うだけで戦場にあるよりも凄まじいプレッシャーに耐えかね、思わず嘔吐した。


2021.5.20.永


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