GROWTH
臨也(臨静、R12)
俺はね、愛されたいんじゃない。愛したいんだ!
どんなに鬱陶しがられようと揺らがない、俺なりの最大の愛で全人類を包み込んであげるのさ。
なのに──おかしいね。君にだけは、愛するばかりじゃなく愛されたいと思ってしまうんだ。俺はどうかしちゃったのかな。


 臨也の仰々しい演説は、いつも馬鹿らしい。だいたい、いつも化物呼ばわりする彼に愛されている気など静雄にはなかった。愛されているどころか憎まれているようにしか感じられぬ相手を愛せるほど静雄は聖人君子ではない。
 だから、無償の愛を向け臨也を抱き締めてやる代わりに手近な街灯を引き抜き、投げつけた。ぶちぶちと纏わりついていた電線を引きちぎり青い火花を散らしながらせせら笑う臨也へ真っ直ぐ飛んでいったそれは、停電した辺りが暗闇に染まる頃ビルの一角を打ち砕いて止まった。しかし臨也は無傷だ。
「乱暴だなあ。相変わらず人間の言葉が通じないんだから」
 そういう臨也こそ人間の言葉が正しく使えているとは思えない。だが臨也に口で勝てるはずがないから地面を蹴って大きく跳躍し、隣のビルの屋上の金網の上に立ってにやにや笑う男を目指した。袖からきらりと光る銀色のナイフが覗いた、と思う間もなくそれが静雄の目を狙い投擲される。空中で首を捻って避けた、瞬間サングラスが弾かれて落ちた。それが地に落ちていくのを見もせず、背を向けて走り出した臨也を追いかける。
 殺す、といつもの台詞を叫びながら、今日こそトドメを刺してやるのだと自分に言い聞かせながら、それでもさっきのあの男の言葉が耳をがんがん満たす。
 相変わらず胡散臭くて嘘臭いと思うのに、それでも臨也の言葉に心が揺さぶられているのがわかる。それが臨也の得意技だ、そんなこと嫌と言うほど知り抜いている。だから言葉の表面ではなく、そのオーラや雰囲気や行動を見るべきだ。その行動は今までのところずっと、信頼に足るものではなかった。だが、今このとき、この瞬間に限っては必ずしもそうではなかったことを、静雄の直感が判断していた。
 ──臨也が、静雄を嫌い憎んでいるかいないかはさておき、彼は静雄に嫌い憎まれたいのではなく、愛されたいのだ、などと。できるかできないか、したいかしたくないかではなく、これがきっと、彼の本音なのだと感じてしまったら居たたまれない。
 こんな男に絆されたくはないのに。
 静雄は、言葉で、態度で示すほどに自分が臨也を憎んでいないことを知っていた。なぜなら、彼を何度もこの手に掴む機会があったからだ。静雄の力で臨也を殺さぬようにその体を握ることは、本当はとても気を遣う。骨のひとつやふたつ骨折させ、掴んだ場所によっては頭蓋骨を破砕し、肋骨を心臓に食い込ませる方がずっと簡単だった。つまるところ、静雄が臨也をまだ徹底的に傷つけたこともなく、臨也がまだぴんぴんしているのは、静雄に殺す気がなかったからだ。彼と、まだ一緒にこの世で生きていたいなんて、容易く認められはしないが、真実だった。
 不意に足を止めた臨也が、ビルの屋根の上で静雄を振り返る。当然のように一閃した刃は静雄に届きはしなかった。静雄は同じビルの屋根に立ち、手の届かぬ距離でポケットに手を突っ込んで少し猫背に臨也を見下ろした。
「ねえ、シズちゃん。君だって本当はわかってるんだろう?」
 わかっていた。しかしそれはまだ、認められない。


2021.5.12.永


あきゅろす。
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