GROWTH
臨也と静雄、新羅(臨静)
 デオドラントにも健康にも人一倍気を遣っている自覚があるのに、平和島静雄はことあるごとに、いや何もなくても臨也を臭いと放言する。あんまりしょっちゅう聞くが、彼以外にそんなことを言う者はいない。
 あの辛辣な波江でさえ、臨也の体臭が生理的に不快というほどではない様子だ。むしろ万一他人を不快にさせる匂いを臨也が放っているとしたら、波江こそ黙っていないだろう。眉ひとつ動かさずゴキブリでも見るような目をして、あなた臭いわよとでも言ってファブリーズでも頭からぶちまけられそうだ。
 だが今のところ静雄以外にそんなことは言われないのだから、つまり臨也は一般的には臭くなどないのである。
 ──だから。
「この眉目秀麗な俺を捕まえてよくそんなことが言えるね」
「ビモクシュウレイ?」
「いい男だってことだよ、静雄君」
「へえ…臨也、手前鏡見たことあるか?」
「なかなか言うね、静雄君。まあ、自分で言っちゃあ台無しではあることだけど」
 ごくごくたまに、休戦状態になることのできる闇医者のリビングでテーブルを挟んで向かい合わせに座り、コの字を作れる位置に新羅が座って言葉の割にぴりぴりした空気もなく酒を酌み交わす。静雄もほろ酔い加減で機嫌もそこまで悪くなく、新羅もセルティの帰宅を楽しみにちらちら玄関ばかり見ているが落ち着いている。酔った勢いにのってというよりは互いにこのくらいで傷付くわけがないだろうという過信にも似た暴言を叩き合い、それでも特に酒が不味くなることもなく誰も席を立たないのだからこれはこれでいいのだろう。
 だが、臨也が臭くないことだけは静雄の認識がどうであろうと念を押したいところではあるのだ。
「いやいや俺は人間の中でもむしろいい匂いの方だと思うよ。自分に合わない香水をつけたりもしないし、染み付くくらい消毒液に塗れたりもしないもの」
「──似合ってるなら臭くないってもんじゃあねえんだよ、いざや君よお」
 互いに酔いは心地良く回っていた。だからこそ臨也はくだらないことに拘泥したし、静雄は少しばかり素直だった。そして、新羅はその場にいない首無し妖精への恋情を募らせていた。
 かくして、セルティが帰宅したときには、闇医者との愛の巣だったところはカオスと化していた。酒の缶がそこかしこに転がり、汚れた食器が放置され、三者三様に部屋のそちこちで寛いでいる。かろうじて上体を起こした臨也は、顔もないのに呆れかえっていることがよくわかる妖精に笑いかけた。
「おかえり、首無し。二人共先に潰れちゃったよ」
「…」
 セルティはPDAに文字を打つのも面倒だというように小さく肩を竦め、新羅を担いで寝室へ投げ込む。そうして静雄に毛布をかけ、臨也の隣に腰を下ろした。PDAに向き直った彼女が徐に示してきた画面を一瞥し、臨也はソファの背に両腕を乗せてふんぞり返り、勝手知ったる他人の家で外形ばかりは寛いで天井を見上げた。
「そうだねえ…俺はお前に全部お見通しされるくらい親しくはないつもりなんだけどねえ」
 表現の割に毒のない臨也の横顔に、ないはずの瞳が向けられているのを痛いくらい感じる。
「なんだよ、俺は新羅ほど素直じゃないんだよ」
 言葉などなくても伝わる、女性らしい包み込むような気配に根負けしてわざと乱暴に吐き捨てる。
 女が優しいなんて、幻想だと思うけれど、この女は妖精だから例外なのかもしれない。人間の女ならこうはいくまい。
「──そうだね、お前の言う通りだよ…男なんてみんなこんなものさ、悔しいことにね」


2021.5.6.永


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