SILVER
序(R15)
 沖田は、顔こそ少女漫画の美男子のようだが、性格に少々色々あるのでそんなに女が寄ってくるという訳でもない。たまに本性を知らない女が秋波を出してきているようでもあるが、沖田は決して初心な女性をときめかせるような優しい王子様ではないのだ。
「土方さァん」
 夜中に、彼にしては心持ち丁寧に、しかし返事も待たずに襖を開けて副長室へ乗り込んできた沖田に、土方は目を向けることすらせずに大きな溜息を吐いた。そろそろ日付も変わろうかという時刻に土方が、こうして書類仕事に精を出す羽目になっているのは一重に沖田のせいである。土方の事務仕事がそこまで遅い訳ではないと思いたいし、沖田の生み出した大量の始末書がなければ疾うに床についているはずなのである。その元凶がいけしゃあしゃあと現れても歓迎してやる気になるはずもない。
「ちょっと休憩しやせんかィ」
「言われねェでも放っておいてくれりゃァもうすぐ寝るつもりだったぜ」
「一人じゃ寂しいでしょ」
 言っていることは気遣いに満ちているのかもしれないし、深夜まで残業した挙句背後から抱き締められたりなんかしたら初心な女はコロッと落ちるのかもしれない。何しろ沖田は顔は非常に良かったりもするので。
 だが土方は流されてやる気にもなれず、背後から首に回された腕を無視して熱っぽい呼気が耳朶を擽るのを手掛かりにこの辺りだろうと察しをつけて手の甲で額を払うように押しやった。図らずも鼻先を押し潰してしまったらしく変な声が聞こえたが敢えて罪悪感を胸から閉め出す。
「暑苦しい。俺ァ一人で寝られねーようなガキじゃねェんだ」
「はァ、じゃァ俺が寝られねーんでさァ」
 淡々とした声音は、そんな殊勝な子供の稚さを残してはいなかったけれど、ぐっと言葉に詰まる。可愛気なんて土方になほとんど見せたことはないが、なんだかんだ言って幼い頃を知ってしまっているからか、沖田に下手に出られると弱い自覚はあった。
「それとも何か期待してるんですかィ?」
 ぎくりと大きく肩が跳ねては、何をも言わずともそれは筒抜けだろう。
 その隙にまた耳許へ顔を寄せた沖田の甘い声が、ぞくぞくと鼓膜を揺すぶった。
「そんなに欲しがられちゃァ、応えるしかありやせんねィ」
「っ──」
 か、と耳まで熱が昇る。小さく喉が鳴った。
 おずおずと引きかけた手首を掴まれ、せめても大きく目を逸らす。
 こういうときの沖田は苦手だった。こんなことをするようになった当初こそ、土方がその唇を啄んでやるだけでまっかになる可愛らしいところもあったのに、どんどんと熟れていって一年もして今ではすっかり彼のペースに呑まれている。
 土方とて、沖田が好きではあるのだから、どうあってもヤりたくないわけではもちろんない。初心だった頃は可愛かったけれど、こうしてますます可愛気を失っているからといって嫌いになれたら苦労はしない。
 耳朶に接吻した沖田の唇がいやに熱く感じられて、ぎゅっと目を閉じる。たったこれだけで腰の奥がじんわりと甘く疼いた。


2022.5.5.永


1/1ページ


あきゅろす。
無料HPエムペ!