SILVER
9(R18)
 江戸には居酒屋は沢山あるが、邪魔の入らないところとなると難しい。真選組の幹部は顔も名前も売れているし、気安く飲みに行けるような価格帯のところは個室なんてものを備えてはいないからだ。そうして結局行き着いたのは土方のいつもの店だけれど、せめて店内奥の隅のテーブル席にしてもらった。そうして、申し訳程度の衝立の陰に籠り、向かい合わせに座って酒を傾ける。別段話したいことがある訳でもないからどちらも無言で、酒をあおり、土方はマヨを盛り、沖田の好みそうなものはマヨの前に取り分けてくれる。店内のざわめきと裏腹に静まりかえった卓ではあっても、決して居心地が悪い訳でもない。ただ、銀時と土方が二人で飲むくらいに似合う関係を自分達でも作ってみたかっただけで。土方はどう受け取っているのかわからないが、気負う様子もなければ、何かを聞き出そうと探る様子もない。大した用がある訳ではないことも、小さな嫉妬のことも、もしかしたら全てお見通しなのかもしれなかった。
「──総悟」
「何ですかィ」
「お前と二人で飲む酒も美味いな」
 存外に穏やかな音に、きゅっと心臓を鷲掴まれた錯覚がした。知らず詰まったように声も出せず、小さく頷く。酒を一口流し込んで、ようよう息が通った。
「ん…また、来やしょう」
 土方に斬りかかるのもバズーカを撃ち込むのも、体を張ったドッキリを仕掛けるのも楽しいけれど、とくに何もしなくても彼との時間は心地良い。今は、土方もそう感じてくれているように見えて、頬まで熱くなった。そうやって、まったりと心地良い酔いを過ごせてしまったら、今度は帰りたくなくなるのは必定だった。土方が甘えさせてくれることと、生来の要領の良さが相俟って、幸いにも土方のように仕事を貯めていることはない。いや、本来沖田がやるべきだが土方の文机に紛れ込ませたものは数え切れぬほどにあるけれど。いずれにせよ、帰ったら土方は己の机に向かうか、明日に回して寝るかといったことになるのだろう。そんな日常の世界へ、まだこの人を帰したくなかった。温かくも柔らかくて、ずっと寄り添っていたくなるようなここに引き留めておきたかった。何をも言う前にさっさと財布を出して沖田の分まで支払ってしまった土方の袖を引き、お世辞にも愛想の良くない素の表情で見上げる。
「土方さん、もう少し一緒にいやせんかィ?」
 土方は一瞬警戒の色を走らせたが、沖田がドSモードでないことに勝手に安心して顎を引く。
「構わねーが…もう腹は一杯だろう?」
 常日頃散々に振り回されているにも拘らず、このチョロさはいっそ賞賛にすら値する。だがそれを利用しない手はないから、彼が拒む気にもならぬように素早く、性急に出逢い茶屋へ直行した。こんなに頻繁に性交するなど未だかつてなく、だからといって土方は別にそれを厭っているわけでもないらしい。あっさりと連れ込めてしまった一室でオートロックを背に土方を見上げた。
「──土方さん…」
 非常灯のみに照らされた一室は薄暗く、眼前に立っている土方の表情さえはっきりとは窺えない。だが、頬に触れると屈んでくれと彼の唇に唇を押し付ける。酒を飲み、煙草を吸った挙句ここへ真っ直ぐ来てしまった彼の唇は酷い味がした。だがその独特の味わいが何故か脊髄まで痺れさせるようで、夢中になって口内を舌で舐る。決して美味しくないのに癖になる。煙草は沖田にとって煙いばかりだが、土方の舌に焼き付いた苦味は嫌いではなかった。むしろそこで、とても美味しくなる錯覚さえする。


2021.7.8.永


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