SILVER
8
 土方の命をお茶目に狙うどんな暴力も、結局土方の心には響かなかった。避けようとしなければ本当に命が危ない行為にギャンギャン喚きたてはするが、それでも避けられぬ攻撃はなかったことを彼は知っていた。だからこそ沖田よ様々な行為の全てを大目に見て、そうやって甘やかして──1段高い、大人と子供の目線を確立してしまった。それを、それこそを壊してしまいたいのに、どうにも上手くいかない。
「土方さァん」
 定時を一分過ぎた時点で、大したことの起こらなかった職務に終止符を打ち、土方の部屋を足で蹴り開けた。土方は書机に向かったまま、嫌そうに振り返る。
「総悟、襖くらい手で開けろ」
 きっと、こんな幼児に対するような苦言など土方だって呈したくはないのだろう。要望通り閉めるときは手を使って、土方に真っ直ぐ向き直る。
「土方さん、暇ですかィ」
「んな訳ねェだろ、仕事中だ」
「俺のために体空けられやせんか」
「今俺が片付けてるなァてめェが作った始末書だよ!」
 会話をするほどに苛立ちを露にするのに構わず腰がぶつかるほど隣に座り、じっと瞳を見つめた。少したじろいだように土方は怒りを引っ込め、小さく喉を鳴らす。
「っ…なんだよ」
「旦那と飲むなァ楽しいですかィ」
 土方の怒気がすうっと消え、開いた瞳孔でじっと見据えられる。ややあって目を逸らし、煙草を溢れそうな灰皿に割り込ませて揉み消した彼は、真っ直ぐに沖田に向き直った。
「何が言いてェんだ」
「──何か心当たりでもあるんですかィ」
「は…てめェが勝手に邪推してるだけだろ、俺に付き合う義務はねェ」
「義務はなくても義理くれェあるんじゃねーですかィ」
土方は開いた瞳孔でじっと沖田を見据え、ややあって引き剥がすように視線を逸らした。
「──今夜はてめェに付き合やァいいっつーことか」
「今夜じゃありやせん。たった今からですぜィ。もう定時は過ぎてますからねィ」
土方は大きく息を吐き出し、机上のものを手早く端に寄せて纏め、立ちあがった。そして、座ったままの沖田を嫌そうに見やる。
「着替えたら行く。ちょっと待ってろ」
本当は外に出ていろと言いたいのだろうが、女でもない彼が自らそんなこと言えるはずがない。そして沖田も、空気を読んでやる気は更々なかった。嫌そうに眉を寄せた土方が無造作に隊服を脱ぎ、いつもの単衣に着替えるのを目に焼き付けるように凝視して、努めて深い呼吸を繰り返した。この男が気に食わない。けれど、嫌っている訳では無いのが一際始末に負えない。憎めるものなら、とうにそうしていた。姉を傷つけたことだけでも十分憎しみに値した。土方自身もそう思っていたからこそ、沖田のお茶目なんて言えないお茶目ぶりの数々を見逃してきたのだろう。だが、姉の男ではなくて己の男であるならば、許せる範囲がずっと違ってくるのだ。
「──どこに行きてェんだ? …総悟?」
瞳孔開いて土方の着替えを凝視しているうちに、さっさと帯を締めた土方な襟元を整えながら覗き込んでくる。向こうはいつも瞳孔を開いた目付きの悪い男なのに、それが何故か可愛くて、吸い寄せられるように唇を押し付けた。
「…?」
大きく目を見開いたものの、土方は口付けに応えようとしない代わりに抵抗もない。それをいいことに頬を両手で挟んで捉え、唇をねっとりと舐った。
「…っ…ん──」
流石に少し胸を押してくる手を握り、文句を言おうとしてか開いた唇に舌を差し入れる。相変わらず苦い味の染み付いた口内に、じんわり唾が滲んだ。
「っ…は──ん、だよ、いきなり。出かけてェんじゃなかったのか」
ようよう解放したときには息を乱し、土方は少し甘い音で咎めてくる。正直、怖くもなんともない。
「──飲みに行きやしょう。邪魔の入らねェところで」


2021.7.8.永


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あきゅろす。
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