SILVER
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 土方は、いくら抱いても想っても、決して沖田の手には落ち得ないような、大きな、男だった。近藤とはまた違って、意地悪をして揶揄って、もっと色んな表情をさせたくなる小憎らしい男。
 だが昨夜、もしかしたら自覚以上に彼を捕らえていた錯覚がした。しかし、2人して朝帰りして、土方の態度はやっぱり変わらないので逆に不安になった。
 土方は、沖田よりずっと大人で、走っても走っても、いくら強くなっても精神の落ち着きばかりは一向に追い付けない。子供から少年になり、青年になって大人に片足突っ込んでいる今までずっと、この男を近くで見てきたけれど、土方はいつも沖田の半歩先を歩いているようだった。剣術では彼を凌駕できることもあるけれど、それ以外の日常の、この半歩の距離が憎い。手が届きそうで、届かない。変に離れ過ぎていないから夢中で追いかけ、手を掴んで引き寄せようとして、するりと逃げられる。
 銀時と笑う土方は、沖田の知らない土方だった。歪んだ愛が殺意に形を変えて、巡邏で肩を並べて歩く土方に徐に斬りかかる。
「っ…な、に考えてんだ、てめェ!」
 さっと身を翻し無傷なのが腹立たしい。だがさっきまでのつまらなそうな表情が怒りに塗り替えられ、沖田だけを見ているのが小気味いい。
 沖田は瞳孔を緩く開いて土方を真っ直ぐ捉え、抜刀しているにしては静かな声で考えながらゆっくりと口を開く。
「殺しちまやァ、もう余所見なんざできねーでしょ」
 土方は刀の届かない距離までじりじりと後退り、野次馬をしっしと追い払いながらも沖田を視界に収め、小さく息を飲んだ。だがしかし、こんなときでさえ彼の世界は沖田だけではないのだ。
「──また拗らせてんな、てめェ」
 呆れた声音は、どこか優しい。
 本当は、知っていた。土方は沖田がどんなことをしても、究極のところでは受け入れてくれる。それが色恋なのか、弟のような情なのか仲間意識なのかはともかく、沖田が土方にとって大切な掛け替えのない存在のひとつであることだけは知っていた。
「土方ァ…もうホントアンタ──」
 続く言葉は喉の奥に絡まって途切れた。
 何を言いたいか、分かっている気はするのに音になるのを拒んでいる。それはここが真昼間の路上で野次馬が数多動向を見ているからなのか、相手が土方だからなのか、その両方かわからない。とにかく面白くなくて、奥歯を噛み締めた。「──行くぞ、遊んでる暇はねェ」
 さっと踵を返し人混みを掻き分け逃げるように遠ざかっていく背を見送り、刀を納める。
 土方を、己の望むように変えたい訳ではなかった。だから、これはこれで当然の帰結だと納得できないこともなかった。土方を好いていたから、土方をコントロールするのでなく、土方の意志で振り向いて欲しかったし、手に入れられた実感も欲しかった。だが土方を自由にしておくということは、沖田よりずっと気の合う者と友人になることも起こりうる。それはやっぱり面白くないのだと、痛いくらいに知ってしまった。
 手の届かない程遠くへ行ってしまってから土方は、着いてこない沖田を苛々と呼ぶ。間にはたくさんの町人がいて、沖田達とは無関係な世界を楽しそうに生きている。これだけの群衆を間に挟んでいたら、あの呼びかけを無視しても聞こえなかったからだと言い張れるのではないか。いくら土方の声がよく通る類で、どんなに遠くてもヤツの声だけは聞き分けられる程に惚れていても、何だかヤツがいつも輝いて見えていたとしても、全てかなぐり捨てて──そんな夢想はとても甘美な気がしたとしても、足は勝手にゆっくりと土方に近付いて行く。
 今日は、この男ともっと一緒に過ごしたい。むしろ道など歩かずずっとだらだら引きこもって抱き締めていたい。
 土方は、沖田の思いをどこまで察しているのか、不機嫌な表情をして追いつくのを待っていてくれた。


2021.7.4.永


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