SILVER
秘め事
 そうやって、近藤に気取られぬようにこっそりと、一見近くに見えた森を目指し歩き始めてすでに小半刻は経っている。光の加減だったのだろうか、近くに見えた森は、いくつもの田畑の脇を通り抜け、川を渡ってもまだ辿り着けない。随分きてしまったというくらいしか現在位置の情報はなく、当然戻る道などわかるはずはない。おそらく互いに、「迷った」という事実を認識しているが口には出せず、ただ対抗するようにどんどん早足になって竹藪に突入し道なき道を突き進む。もし迷ってしまったなど認めたら、せっかく雌雄を決そうとしたこの勝負に自らケチをつけてしまう。俺達の戦いには正当性があるのだから──
 そのとき、沖田が転んだ。見れば小さな草鞋の鼻緒が切れている。だが弱味を見せまいとしているのだろう、歯を食いしばって立ち上がった、その足元に片膝をつき、土方は黙って髪紐を解く。手入れの甘い髪が背に広がった。
「──なんだよ」
「すぐ、直してやる」
 触れた沖田の足は小さく冷たく、傷付いていた。自分の村から歩いてきて、さらにこんなところで迷っているのだ。
「勝負なんて、森でなくとも構わねーよな」
 彼の足元に跪き、手元に集中しながらなら、今まで幾度も互いの胸を過ぎったであろう想いを躊躇なく言葉にできた。だが、これは彼にとっては良くないタイミングであったらしい。
「このくらいで俺が参るとでも勘違いしてるのかィ。てめェなんかにやられる程弱っちゃいねーや」
 声変わり前の高い音を足元から見上げ、土方と沖田はしばし見つめあう。
「──俺が疲れたんで、ここで一勝負にしませんか、オキタセンパイ」
 淡々とした言葉に、小さな沖田の額に青筋が浮かんだ。しかし、疲れているのは確かだったのだろう、風に煽られ乱れる黒髪を鬱陶しく払う土方の腹に木刀の先が向けられた。
「後で負けたからってガタガタ言うんじゃねェぜィ」
 小さな彼の、目一杯背伸びした宣言は、恐れよりは何か小動物を見ているような気分にしてくれる。土方は口角を吊り上げ、ゆっくり首肯した。


2017.6.14.永


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