SILVER
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 篠原が潜入して半日もせぬうちに、何故かズタボロになった土方と篠原が失神した山崎を引き摺るようにして帰還した。聞かなくとも、わかる。山崎に手を焼いたのだ。普段地味な彼を顎で使っているくせに。
 ひとしきり隊士連中で彼らの無事を喜び、ボロボロっぷりを嘲笑し、正気に戻るまでと山崎を閉じ込めて。
 そうして漸く一人になった土方の肩を掴む。
「桂に何もされやせんでしたかィ」
 そう言った瞬間、土方の瞳が確かに遠くを見た。一拍置いた後、
「──いや、なにもなかった」
なんて言われたって信じられるはずがない。スカーフをひっつかみ顔を近付ける。
「なにされやした」
「──別に…」
「正直に吐きな」
 声に凄みを利かせる、と土方は小さく息を吐いて沖田の手を掴んだ。
「お前も、この世界の歪みにゃァ気付いているだろう」
「はァ」
 わかったようなわからないような沖田の表情は当然視界に入っているだろうに、土方は構わず苛々とまくしたてる。
「しかしな、そりゃァ俺達が直視しちまっちゃァいけねーんだよ。俺達ァ近藤さんについていくと決めて、近藤さんが幕府のために身を捧げてんだからよ」
「──そうですねィ」
「幕府が腐ってることくれェわかってんだ、わかった上で真選組背負って今ここにいるんだよ」
 沖田が聞いていようといまいと延々と続けそうな土方に曖昧に頷き、沖田はそっと手を引く。
 クソ真面目そうな桂は、どこまでも真面目であったらしい。
 苛々と攘夷志士が如き論を並べる土方から徐々に距離を取り、適当に頷いて踵を返した。
 彼の貞操が無事であるならば、今急ぎしなければならないことは他にある、残念ながら。


2014.5.5.永


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