SILVER
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 トッシーに乗っ取られたときの状態を、以前土方が語ったことがある。脳内の架空の世界で牢のような場所に閉じ込められ、意気揚々と歩み去るオタクを見送ったのだと。重たげな扉が轟音と共に閉ざされてしまうと、声を限りに叫んでも何の反応もない。真っ暗闇の中反響する己の声に発狂しそうで。疲労感と絶望からいつしかとろとろと微睡み、ふと瞳を開くといつもの自分の部屋でアニメキャラのフィギュアに頬摺りしていたりするのだ、そしてそんなときに限って沖田がニヤニヤ笑いながら自分を見ているのだ、と怒り心頭に発して山崎にまくしたてた。
 そのときには、脳内の牢獄もあの土方が絶望するほどの孤独な闇も山崎には一向に想像がつかず、ただ彼の機嫌を損ねぬために相槌を重ねた。
 だが、もしかすると今の自分はそんな土方と似た状態であるのかもしれないと山崎は思う。
 自分には、牢獄も闇もないけれど。ただ、どこかの和室に簀巻きにして転がされ、正面には障子が全開にされている。縁側の向こうにはピンクの靄がかかっていて、そちらへ尺取り虫が如き動きで這い出るとピンクがかった視界がクリアになり現実に放り出される。だがすぐに抗い難い強い力で後ろに引き戻されるのだ。
 山崎はこの妙な空間に来てからずっと、背後を振り返ることができずにいる。
 しかし、‘後ろ’には‘何か’がいる。自分の皮膚から摂取した薬の促すままに自我を捨て、桂の生きたくぐつになれと囁く何かが。
 桂がこの薬の効能を正しく知っていたかはわからない。ただ、監察方として攘夷党の彼に数度接触した折の印象からすると、彼はそんなに卑劣な男ではないと思う。抜けている彼のことだ、もっとおめでたい妄想からこれを土方へ送りつけたのだろう。
 しかし、これは違う。絶対者として君臨させるブツだ。
 背後からの囁きはどんどん大きくなり、山崎の背を粟立たせる。
 振り向いてはいけないと根拠もなく己に言い聞かせるも、冷や汗が止まらない。さらに持ち前の好奇心までもが恐怖に抗い山崎を誘惑するのだ。
 ピンクの靄は日増しに濃くなり、現実の様子は窺い知れず、それにつれ簀巻きに自分を縛る縄はきつくなり息苦しい。背後からは圧迫、正面は靄、内面から沸き立つ好奇心──山崎は凝り固まって動きにくい首をゆっくりと傾け、ぎしぎしと後ろを振り返った…瞬間。
 世界ががらがらとおとたてて崩れ、意識がブラックアウトした。


2014.5.5.永


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