SILVER
21
桂と二人、質素過ぎる掛け蕎麦を、今にも崩れそうなボロ屋の中で啜る。
彼の斜め後ろに控えた山崎の表情は窺えないものの、肌が蛍光ピンクなことだけはわかる。
「土方、貴様はこの国の現状に近藤のような理想を見出だしておるわけではあるまい」
音もなく蕎麦を啜る合間に向けられた問いの主を一瞥し、土方は椀に目を戻す。マヨネーズが恋しい。
「俺の目指す道は近藤さんが理想を見ていられる世界だ」
「そうやって貴様は大将に幻影を見せるのか」
「なんだと、テメェ」
反射的に瞳孔が開き、桂の背後に控えた山崎が微かに身構えた。
桂は土方が椀片手に二人の間の膳を蹴立てんばかりになっても平然としている。
「そうであろう? 幕府の禄をはむ貴様の剣には世界を変える力などない。それでいてなお大将をその立場のままに守るというならば──」
土方は大きく息を吐き、畳に腰をおろしなおした。
無言で椀の中身を一口頬張る。もぐもぐと咀嚼し喉に流し込んで桂を見据えた。
「近藤さんは、汚ェもんの見えねェ人だ。見える下の者が手ェ汚すしかあるめェ。こりゃァな、夢を見させるとか見させねーとかじゃねェんだよ」
「ほう?」
「俺ァ、あのお人を守りてェ。それだけで充分だろうが」
桂はゆっくりと口角を吊り上げ、椀をその顔の高さに持ち上げた。
中に残った出汁を全て飲み干し、腹の立つ程優雅な仕草で膳に空になった器を置く。
「違いない。侍の志も突き詰めればそのようなものであろう。ますます気に入ったぞ」
桂の柔らかな笑みを眺め土方は、失敗したかと小さく肩を落とした。
2014.5.5.永
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