SILVER
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‘店’というのは他者の目に配慮した建て前で、おそらく相応の場所に案内されるのだろうと思っていた。しかし通されたのはどう見てもオカマバーで、キャストの大半は外見から戸籍上の性別まで窺い知れる異空間だった。そんな中、どことなく見覚えのある死んだ魚の如き目をした踊り子を肴に盞を傾ける。
ミラーボールの薄青い光に照らされた土方の横顔はとても美しいとは思うが、問題はそこではない。沖田はそっと土方の耳元へ口を寄せる。視線は機嫌良く氷をグラスに入れている桂から外さない。
「案はあるんですかィ、土方さん」
「今──考えてる」
土方はちらりとポケットの中、その携帯を一瞥し小さく嘆息した。
店のママらしい人物は、あからさまでこそないものの自分達を警戒しているのがはっきりとわかる。なかなかの手練れなようでぞくぞくした。
「──桂」
「ヅラ子だと言っておろう」
名前はこの際どうでもいい。問題は山崎だ。
苛々と言葉を重ねようとした刹那、土方の携帯が鳴った。瞬間思わず口を噤む。
彼は胸ポケットから鳴り響く携帯を取り出し──硬直した。脇から覗き見たそこへ表示された名は──山崎だ。
桂と携帯を視線で往復し、息を飲む。
土方は感情を窺わせぬ無表情で立ち上がり、通話ボタンを押し沖田の前を擦り抜ける。序でのように軽く肩を叩き出入り口へ向かった。
微かに感じた体温がバカみたいに嬉しくてゆっくり瞬き、大きく首を左右に振る。
桂がいやに得意気に胸を張っているのが視界に入り、反射的に苛立ちが込み上げた。
「──何でィ」
「良かったではないか、探し人から連絡が来たのであろう」
「ありゃァなんでィ。てめェらに金がねェなァ割れてるんだぜィ」
「なに、このような仕事をしておると妙な者に贈り物をもらうことも多々ある」
桂は沖田の瞳を見据え、口元に笑みを掃いた。
「ピンドンを入れてもよいか?」
──いいわけがない。
沖田が口を開く前にいつ戻って来たかソファの後ろに立った土方の手が肩に乗った。さっと振り仰ぐと彼は不機嫌に頷く。
桂に注意を残したままゆっくりと立ち上がる、と耳元に土方の唇が近付いた。こんなときなのに鼓動がどきりと跳ね上がり、奥歯を噛み締める。
「──山崎が、もうすぐここへ来る」
「…どういうことでィ」
「──分からねェ」
二人して同時に桂へ視線を投げる。注文してもいないのにピンドンを勝手に入れている彼の意図は読めない。土方は大きく溜息をついて、経費で落ちるといいんだがと呟いた。
2014.5.5.永
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