SILVER
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「山崎、知らねーか」
 非番なのにも関わらず夕食前に始末書を仕上げろと言われ、自室でだらだらしていた沖田の部屋を訪れた土方は、怠けていた自分を咎めるでなく開口一番そう言った。
 だが、副長助勤の男を土方が捕まえられぬなら、沖田が知りようはずもない。まして今日の山崎はショッキングピンクに染まって一味違う目立つ男だというのに。
 何より、土方の意識が山崎へ向いているのが気に入らない。
「さァ」
 必要以上に素っ気なく呟き、ころんと寝返りを打って彼に背を向ける。む、と土方が怒気を纏った。
「んだよ、その態度はよ」
「知らねーから知らねーっつって何が悪ィんでィ。小姑気取る暇があるならお大事な部下ァ探しに行きゃァいいんでさァ」
 どすどすと足音荒く土方が寄って来る。背後に立った彼に視線を投げると、彼は予想外に困惑を露わにしていた。
「──なんでィ」
「あの野郎、潜入中でも切らねー携帯の電源をオフにしてやがるんだ。原田も篠原も知らねェっつうし、何かあったのかもしれねェ」
 山崎は、土方の腹心だ。そりゃあ心配だろう。眉根を下げ、情けなく不安を隠し切れぬ様は沖田相手だからだと思えば一概に嫌ともいえない。
 ──けれど。隙を見せたがらない男の貴重な弱りっぷりくらいで何もかも許せるほどに人間が出来ているはずはないのだ。
 沖田は、苛々と煙草を吹かす土方の項に手をかけた。
 今、潜入の指示は出していないし、屯所内は探し尽くしたらしい。山崎のことだ、滅多なことはないだろう──
 割り込めぬ主従の強い絆も、犬が携帯の電源ひとつ切って屯所を飛び出すだけで切れてしまうとはなんと脆いことか。取り留めもなく己を安心させようとしているらしい土方の両頬を掌で挟み視線を合わせる。
「あのピンクヤローも、非番なんでしょう」
「え? あァ…一応」
「じゃァ放っておいてやりなせェ。たまにゃァ息抜きしてェときもあるでしょうぜィ」
 土方はぐ、と一旦言葉に詰まり、まだ納得できぬらしく口を開く。そこへ唇を寄せ──
「失礼します!」
 元気のいい声と共に、隊長室の襖がぱあん、と開いた。男所帯はこれだからいけない。
 沖田は魅惑的な呼吸を紡ぐ土方と今にも重なりそうだった唇を噛み、大きく息を吐いて正面に立つ彼を押しのけた。
 ──もったいない。
「なんでィ?」
「あ、副長もいたんですか」
 途端、もじっと口籠る隊士を見る限り、真面目な用ではないらしい。だったら今来るな、と言いたい。面白い話は大好きだが、よりによって今でなくとも──
 すすす、と寄ってきた隊士に耳を貸し、沖田は土方を一瞥する。彼は肩を竦めすたすたと出て行った。
「あの、真っピンクな不審者が出没してるって通報があったんですけど、コレって…」
「ザキ、かねィ…引っ捕らえるか」
 にまァ、と笑って沖田は愛刀の柄を撫でた。


2013.9.11.永


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