SILVER
序(R15)
 ちょろちょろと駆け回る背を追いかけ、江戸中をあちらこちらへ。
 爆発音が起こり、奴は角を曲がった。と思うと民家の屋根に跳び上がり、塀を越え──段々と、しかし確実に味方の数は減っていく。
 彼の逃走ルートを予測して隊士に指示を飛ばすも、なかなかもって捕らえられない。応える味方の声も少なくなってきた。今となっては桂を視認できる位置にいるのは土方だけだ。
 しかし、今、桂が曲がった先は、先日の工事以来一本道だ。反対側から回り込ませようと出した要請に気だるい声で反応したのは、沖田だけだった。
 負傷したであろう隊士の人数と街の壊れっぷりを思うと頭が痛いが、あの桂を捕らえられたら全てチャラ、更に報奨金までついてくる。
 桂の前方から、沖田がのんびり歩いてくるのが見えた。
 ──いける!
「神妙にしろっ、かつらぁっ!!」
 と、くるりと桂が踵を返し、猛烈な勢いでこちらに駆けてくる。
 とっさに沖田よりあしらいやすいと判断されたのだろうか、気分は良くない。が、捕縛できるなら文句はない。
 しかし、思い切り一閃した刀に手応えはなく、ふわりと懐へ飛び込まれた。首に巻いたスカーフを掴まれ、ぐいと引かれる。
 ──殺られ…
 瞬間、唇を塞がれた。
 ゆっくりと瞬く。やはり、そこには桂の秀麗な顔があった。
 動けないでいる土方をそっと解放して桂は、にやりと笑った。
「武士たるもの、いつ如何なる時も隙を見せてはいかん」
 滔々と語る男は、爽やかに背を向けた。
「これで貴様は俺のものだ、また会おう!」
 …は?
「かぁつらぁっ!!」
 呆然と桂の背を見送る土方の背後から、殺気立った叫びが響いた、刹那、条件反射で脇に飛び退く。一瞬前まで自分のいた場所を、バズーカの弾が通過して行った。
 桂の高笑いがどんどん遠ざかっていく。
 それを追おうとした沖田が不意に足を止め、固まったままの土方を睨みつけた。瞬間、ぎくりと腰が退ける。
「アンタ──」
「…何だ…?」
 冷や汗が背を伝った。
 一歩近づく沖田に、土方も一歩後退る。
「なんだって接吻なんか許してんですかィ」
「許してねぇよっ!」
 氷のような声音同様、彼の瞳も凍りつきそうに冷ややかだ。
「見てたんだろうが…」
 揺らぐ吐息を抑えて、睨み返した。
「えぇ、見てやしたよ、アンタが桂のヤローとキスしやがんのを、しっかりこの眼でねィ」
「したんじゃねぇっ、され──」
「それと」
 気温が更に下がった。
「あれで、桂のモンになったんですかィ」
「…な、るわけ、ねぇだろ…」
 喉を通過した音は、僅か震えていた。悔しさに土方は唇を噛んだ。
 沖田の大きな瞳が静かな怒気に塗れ、土方を縛りつける。
「俺ァ…お前の、だよ──」
 空気が、ふっと撓んだ。


2013.7.8.永


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