SILVER

「私の我が儘に応えてくださって、ありがとうございます」
 揃えておいた草履に足を乗せ、ぴくりと土方は肩を震わせた。ゆっくり振り返り見た女の表情は、深々と頭を下げているせいで窺えない。
 土方はふいと視線を逸らし、ゆるくかぶりをふる。長い黒髪がゆったり背を撫でた。
「──そんなんじゃ、ねーですよ」
「え…」
 弾かれたように顔を上げたミツバから視線を逸らし、足早に土間を横切る。ガタガタ逆らう戸を開けた。
 この手に触れた、あの小さな温もりが、今もまだ纏わりついている。小さな掌と、‘こども’の温もり。それは、女の体温以上に求めてはいけないものであるはずだ。
 土方は田舎の星空を見上げた。きんと冷えた空気は澄み渡り、土方に絡み付く。
 小さく華奢であるのは同じなのに、姉と弟はこんなにも──土方はそっと顎を引いた。
 玄関口を振り向き、まだ戸口に佇んだままのミツバに会釈する。
「入ってください。風邪、引いちまう…夜分邪魔しました」
「私も…」
 ミツバの小さな声が風を震わせた。ぞわりと何とも知れない寒気が背筋を這い上がる。
「殿方だったら、良かったのに──」
 濡れた声に瞼を閉ざした。
「──おやすみなさい」
 この手は、あたたかいものなど、求めてはいけない。寒々しい言葉で説得できるのは限られたものだけであろうとも。


2013.7.8.永


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あきゅろす。
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