SILVER
3
「ふざけてんじゃねーぜ、おまえ! 姉上のきもちをむだにしやがって!」
 総悟の全力の体当たりにびくともせず土方は、着物を掴んだ総悟の手を軽く払う。刹那触れた彼の手の、肉刺で硬い感触と熱い温度に息を飲んだ。
「中途半端に応える方が失礼だろうが」
 淡々とした低い音がぼそりと呟き、薄闇の中、瞳に月を映した彼が総悟を見下ろす。
「っ…な、てめェ──」
 何か言いたいのに、上手く言葉に出来ず口を小さく開閉した。息苦しいほどの沈黙は、柔らかな声にそっと破られる。
「そーちゃん、目が覚めちゃったの?」
 開いたままの襖から、ミツバが顔を覗かせる。
 彼女は立ち尽くす二人の脇を擦り抜け、そっと障子を閉めた。
「あらあら、すっかり冷えちゃったわね」
 冬の夜の空気に冷やされた室内は、障子越しに差し込む淡い光のみが満たし、ミツバの表情は窺えない。
「──姉、上…」
 なんとか零した総悟の声は微かに震えていた。ぎくしゃくとその場に膝をつき、柔らかなマフラーを拾い上げる。それは胸が締め付けられるほどに、温かかった。
 逆光を受けるミツバを見、土方を振り返る。
 彼は仏頂面で総悟を見返した。
「姉上は、それでいいんですかィ…?」
「そーちゃんは──いつのまにか、大きくなっていたのね」
 ミツバの声は、いつもと変わらず優しい。なのに、何も知らぬ幼子でいさせてはくれない確かな拒絶があった。その腰に抱き付くことも許さない、凛としたつよさが。
「おねーちゃんは、土方が──」
「そーちゃんは、もう寝る時間よ」
 子供でもいられない。大人にも、まだなれない。どちらを装うこともできず惑う総悟のこえを、泣きたくなるくらいやさしい音で封印し、ミツバがゆっくり歩み寄ってくる。
 微かな衣擦れの音を零す彼女は、総悟の知らない女だった。優しくて穏やかで、でも芯の強い総悟の大好きなミツバのままで、しかしそれだけでない──
「そーちゃん」
 彼女の白く柔らかな手がそっと総悟の頭に触れた。何故か反射的にぎくりと後ずさる。その背が土方にぶつかった。
 背に当たる硬質で素っ気ない温もりに、どうしようもなく安堵した。
 ぐいと顎を上げ、視線を合わせたミツバは、もういつもの彼女だった。優しく髪を梳かれると、泣きたくなるほどに嬉しい、姉上。
 総悟はそっと後ろ手に土方の着物の端を掴む。彼がひくりと身を退いたのをぐいと引き寄せた。
 総悟の髪をそっと撫でる彼女に、土方の着物を差し出す。小さく彼女の肩が跳ねた。姉の手を握って、布を手にとらせようとする。


2013.7.8.永


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