SILVER
おねーちゃんのマフラー
 弟を寝かしつけ、片付け物をしていたミツバは、ふと誰かが玄関の戸を叩いた気がして顔を上げた。水を使う手を止めても、微かに聞こえる。
「──風かしら…?」
 そう納得しようとしたものの、何故か気にかかり、手拭いで水気を拭き取り玄関を覗く。
「どなたかいらっしゃるんですか?」
 戸口まで行って、弟を起こさぬよう音量を絞った声で問い掛ける。と、板戸の向こうから、
「夜分すみません。土方っす」
近藤に連れられ村にやってきて、居着いた青年の声がした。知らず胸の奥がざわめく。
「──今、開けますね」
 なんとか紡いだ音は、高揚に少し上擦っていた。心張り棒を外し、なるべく音を立てぬようそっと開く。
 薄明かりの中に浮かび上がった土方は、片手に何か下げぽつねんと立っていた。暗い中ではっきり判別こそできぬものの、それは今朝弟に巻いてやった薄青いマフラーのようであった。目にいっぱい涙を溜め、頑なに無くしてしまったのだと言い張った弟が脳裏を過ぎる。
「見つけて来てくださったんですか?」
「え?」
 意表を突かれたように数度瞬く土方の、その手に。自分の編んだマフラーが握られていることが。素直に嬉しかった。
 土方は無造作に握ったマフラーを捧げ持つように手に取り直し、すうっとミツバの眼前に差し出した。弟が一日巻いていたからだろうか、少し土の匂いがした。
「──返しに来ました」
 素っ気なく呟いた土方の鋭い眼差しが、素直に受け取らぬミツバを見据え困惑を孕んで揺らぐ。
 これを受け取ると、彼はすぐに帰ってしまうだろう、そう思った瞬間、ミツバ自身意図せぬ言葉が零れ出た。
「弟はもう眠ってしまったのですけれど。そーちゃんに直接返してあげてくださいませんか?」
「──それは…」
 ふ、と土方の眉が顰められ、物言いたげに唇が動く。しかし元来口数の多い方でない彼は、結局何も言わず頭を軽く下げた。彼が背を向ける前に、ミツバは口元に笑みを掃く。
「もし、よろしければ…そーちゃんの枕元にでも、置いて帰ってあげてくださいな」
「え…」
 彼の返事の来る前にミツバは一歩左へ下がり、彼のために戸口へ空間を空ける。
 暫し逡巡した末、土間に足を踏み入れた彼に深々と頭を下げた。


2013.6.5.永


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