SILVER
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 何も言えず硬直する沖田に笑い、銀時はすっと立ち上がる。
「じゃ、そういうことで。もういいでしょ?」
 ひらひらと手を振り襖を開く。用意した甘味は、沖田の分までなくなっていた。
「待ちなせェ、ってこたァ、あいつはあんたに──」
 先程の‘可愛かった’という表現が、ずしり、と伸し掛かる。
 べたべたすると風呂に入るところで薬を浴びた彼と擦れ違ったけれど、特に変わったところは見受けられなかった。だが、アレは既に銀時に惚れていたのだろうか。そう考えると、屯所正面で商売した挙句の暴挙を無罪放免、という破格の待遇にも納得がいく。
 酔った自分が銀時に何をグチったのかは、まるで思い出せないけれど。姉の心の中心に居座る男をどうにかしてほしいとでも言ったのだろうか。
 しかし、だからといって銀時自身に惚れさせたのでは体を張りすぎだろう。ということは、彼も、土方のことを──
 常になく猛スピードで回転する沖田の思考回路を何処まで読み取ったのか、彼はやんわり苦笑した。
「俺じゃないよ、総一郎君」
「──は?」
「さっきは薬が効き出したとこだったから、許してくれる気になっただけ。あの子は、君に恋しちゃったの」
 ニ、三度呆然と瞬く。ゆっくりと脳に意味が浸透していく。
「──余計なお世話、って知ってやすか」
「知ってるよ。だから、すぐに褪める。あの子が、自分達は両想いだと思ったら、終わり」
「…はァ──?」
 ぽかんとした総悟に彼は、だから少しだけ使ってもいいかなと思ったんだよ、と笑った。
「総一郎君が言ったんだろう、一度だけでいいから、あいつと──って。俺、そんな繰り言嫌というほどきかされたんだけど、忘れちゃったの?」
 見たトコこんなモノ使うまでもない感じだったしさ多串君、と楽し気に笑って、彼は今度こそ出て行った。
 とうとう、間違えっぱなしだった名前を訂正する余裕も与えないままに帰った男と、あそこの従業員達の声がする。万年赤貧に喘ぐ彼は、菓子を食い尽くしただけで料金のことはちらりとも言わなかった。追いかけてまで財布を出す気にもなれず、沖田は畳についた手を握りしめる。
 ──彼の話が本当だと、信じる根拠はどこにもない。だが、彼がこんな嘘をつく理由もない、はずだ。
 しかし。先程会った土方は、あまりにもいつも通りだった──


2012.5.14.永


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