SILVER

 屯所内に、何やら甘ったるい匂いが漂っている。男所帯には不自然極まりない香りに眉を寄せ、発信元へ歩を進めた──ところ、むこうから山崎がワタアメ片手にやってきた。
「──何だ、ソレは」
「あ、副長も一緒にどうですか? 行商の甘味屋が来てるんです」
 呑気過ぎる口調にひくりと頬が引き攣る。
 怪しげな奴に金を払ってんじゃねぇ、と怒鳴りつけようとした言葉は、
「舶来のマヨとかってのもありましたよ」
と微笑む山崎のせいで引っ込んだ。
「…何だ、それは」
「いや、よくわからないんですけど、珍しいマヨネーズじゃないですか?」
 まぁとりあえず、そのマヨネーズとやらを見てから考えるか、と迷惑にも屯所正面で商売しているらしい奴らを覗きにいく。
 そこにいた瓶底眼鏡の三人組はこれ以上なく怪しかったが、銀髪の男の巧みな売り口状に惹かれた隊士達が物珍しげに屋台を囲んでいる。
「舶来のマヨってなァ、どれだ」
 人集りの後ろからそう言った途端、やけに真剣な表情の近藤が振り返り、手にした小瓶を土方につきつける。
「なぁ、トシ、この赤い丸薬をお妙さんに飲ませたら、お妙さんが俺のことを好きで好きで堪らなくなるそうなんだが、ホントかな?」
「何いってんですか! 俺達の商品が効かないわけがないでしょう!」
 土方が応える前に割り込んできた銀髪の男は、土方へ手にしたブツを押し付け、近藤を説得にかかる。霊験灼からしいその数々の効能は、聞けば聞くほど胡散臭い。しかし、近藤の気持ちは傾き始めているのがありありとわかる。
 ──それはそれとして。
「──コレはなんだ?」
 10cmほどの茶色い硝子瓶の中には、何やらどろりとした粘液が入っている。軽く振ってみると、七分程満たされた中身が至極のんびりと揺れた。
「お客さんが言ったんじゃないですか、舶来のマヨが見たいって」
 銀髪の男の後ろから顔を出した黒髪の少年が、口元に弧を描く。その瞳は分厚いレンズのせいで窺えない。
「──これが、マヨ…?」
 たぷん、と怪しげな液面が震えた。
「っざけんな、これ──マヨじゃねェだろ!」
「マヨが全て赤いキャップにふにゃふにゃした容れ物に入ってると思ったら大間違いってことですよぉ」
 ひょうひょうと返され、目の高さまで怪しげな容器を持ち上げる。
 ゆっくりと振ると、柔らかなコロイド溶液がそっと揺らいだ。
「いや、容れ物はともかく…おかしいだろ、なんだこれ。マヨはもっと──」
「くどいなァ…」
 ひょいと小瓶を取り上げ、銀髪の男が唇の端を持ち上げた。
「味見したいなら──」
 カチカチと小さな音と共に、蓋が回った。
「そう言やぁいいだろ」
 男が素早く土方の胸ぐらを掴んだ、と思う間もなく吐き気がする程に甘い粘液がぶちまけられた。
 腹に蹴りをいれるがあっさり避けられ、その拍子に瓶底眼鏡が落ちた。見覚えのあるやる気のない瞳が、ふっと光った。
 口内のものを地面に吐き出し、口元をごしごし拭う。
「万事屋…やっぱマヨじゃ、ねぇだろ、これ」
「──マジで、ヨく効く…何だと思う?」
 にやりと笑った顔が、ぐらりと揺らいだ。


2012.5.5.永


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