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夢魔
どこまでも深く落ちていける気がした。
底なんてないんじゃないかと思う程に、そこは暗くて、何の音もしなかった。
暗い水の中を逆さまに落ちていく感覚。
手を光る方向へとのばすが、水をかく。
冷たい水が口から耳から指先から入り込んでくるような、冷たさが体の隅々まで満たす。体が痺れて動かせない。
目を閉じた。
「っていうような夢を見たんじゃ」
「へぇ」
「怖いじゃろ?」
「…一希ちゃんは怖かったんか?」
「そうじゃ、このまま沈んでしもうて戻ってこれんのじゃないかって思うた。」
「…なんや、可愛いなぁ」
瑞垣の家に海音寺がいきなり訪ねてきた。
ドアを開けた途端、俺とそんなに変わらない身長の海音寺が飛びついてきた。
なんやいきなりと訪ねると、泣きそうな顔で怖い夢を見たと告げた。
なんや、お前は小学生か。
何故か、いつもより海音寺が小さくなったような気がした。
そんな海音寺を引っ剥がして自分の部屋へと通した。
海音寺は俺の手を握っていた。
海音寺の剣幕にされ、可愛いじゃなくて怖いと言い換えると、じゃろ?と言ってくる。
「飛び起きたら汗ぐっしょり、じゃ」
「へぇ、それで一希ちゃんは心細くなって、わざわざ横手まで来たんか」
「そうじゃ」
ずずっと海音寺が鼻をすすった。俺は全くこの夢を怖いとは思わないが(昔なんかもっと酷い夢をしょっちゅう見ていた)海音寺にとっては、たいそう怖い夢だったようだ。
「あのな、誰も、手をとってくれんかったんじゃ」
「どういう意味や?」
「手をのばしても、誰も掴んでくれんかった」
そう言うと、海音寺は繋いだままであった手を強く握った。少し痛いと感じるほどだった。
「だから、」
「ん?」
「もうちょっとだけ、繋いどいても良いか?」
俺は海音寺と繋いだ手にキスを落とした。
少し海音寺の顔が赤くなる。
「イエス、マイプリンセス」
「…俺は男じゃ」
そう言って海音寺は苦笑し、俺は海音寺にキスをした。
「朝の風は気持ち良いな」
「……」
二人は土手を歩いていた。時間が早いために、先程ランニングをしていたおじいさん以外とは誰とも遭わなかった。
おじいさんは俺らを見て優しく笑った。仲がええんやな、ええことじゃ。
手は繋いだままだった。
少し肌寒くて身震いする。
「寒いんか?」
「あたし、一希ちゃんみたいに子供体温じゃないから」
「俺は瑞垣と同い年じゃ」
そうやって頬を膨らませて怒るのが子供っぽいんやぞ、海音寺。思わずくすと笑いが漏れる。
「そういえばそうやった、…な、海音寺」
ぐいと急に手をひき、引き寄せる。
軽く頬にキスし、耳元で囁く。
それが子供っぽいんやで?
ぱちくりと目を瞬いて、え、と小さな声をだした。ずいぶん間抜け面やな。
「それってなんじゃ?」
「さぁ?」
なんじゃそれ、瑞垣
その問いには答えず、手を絡め直して、早足で歩き出した。
一希ちゃん遅い
と意地悪く笑うと、む、とした表情で海音寺も早足で歩き出した。
「もう、ここらへんで大丈夫じゃ。朝早くからすまんかったな」
「どういたしまして。マイプリンセスの為なら、どこえでも」
人がまばらなのを良いことにもう一度、手にキスをおとす。
海音寺は歯がゆそうな笑みを浮かべた。
「それじゃ、本当にありがとうな」
「はいはい」
絡んでいた手をするりと抜けて、海音寺が駅へ向かって歩き出した。
真っ直ぐ綺麗な姿勢。相変わらず真っ直ぐに歩くんやな
「海音寺!」
顔がぼやけて分からなくなったあたりで名前を呼んだ。海音寺が振り向く。
「お前が繋いどいて欲しいんやったら、いつどこでも繋ぎにいってやる!」
瞬間、眩いほどの笑顔で包み込まれた気がした
(顔は見えないはずなのに!)
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ライさまのみお持ち帰り許可
瑞海甘々、いつもより甘く可愛くしたつもりなんですが…遅くなってすみません(・・;)
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