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夢見蝶

*瑞海高校生パロ
二人は同じ高校に通ってます









俺は廃墟に立っていた。本来の色がくすみ、汚れ、褪せて俺の前に広がる無限の空虚。
ふと、足下を見下ろせば鎖で地面と繋がれていた。
動かすと特有の匂いが鼻をついた、ジャラリと無機質な音が妙に耳に焼き付く。


あぁ、俺はここを知っている


ふと俺を呼ぶ声がした。ぼんやりと、それでもしっかりと内側に響くような声、あぁ俺はこの声を知っている。
急に視界が明るくなり、そこで、俺は現実に戻された。





「瑞垣」


目蓋を持ち上げると、そこには廃墟ではなく海音寺が居た。俺の頭の上で膝を抱えて座り込み、斜め上から俺を見下ろしている。


「もう、授業始まっとる」


少し呆れたように言う海音寺の言葉を理解するのに、数秒を要した。どうやらまだ頭は眠りから完全には覚めていないらしい。重たい頭を持ち上げて体を起こす。ポケットから携帯を取り出し(校則なんて無視だ)、時間を確認した。…確かにもう昼からの授業が始まって10分が経過している。


「で?」

「うん?」

「何で優等生の海音寺くんがこんな時間に屋上に居るのかしら」

「先生が連れてこいって」


俺に命じたんじゃ、と海音寺は続けた。瑞垣はそれに生返事を返すと、立ち上がってフェンスの方へと歩いていく。そして少しさっきより張り上げた声で問うた。


「何でここって分かった?」


今日ここに居るということは誰にも告げていない。授業が始まって10分ということを考えても海音寺は真っ直ぐこの場所に向かってきたはずだ。
もとより一時間はサボるつもりで屋上で寝ていたのだ。だから起こされて少しばかり機嫌が悪い。


「なんとなく」

「は?」

「なんとなく屋上かなって思うて…鍵も開いとったし、あぁここじゃなって思うた」


さらりと何でもないというように海音寺は言った。なんとなく、で人が居るところをこの広い校内から見つけることができるものなのか、甚だ疑問だか、問うても満足する結果は得られないだろう。やはり、なんとなく、なのであるが。


「ふーん、一希ちゃんには超能力があるのね」

「はぁ?超能力?」

「そ、」

「ないと思うけぇな…俺今まで霊とかそういう類のもん、見たことないし」


瑞垣の隣まで歩いてきた海音寺が、フェンスにもたれかかるのを目の端でとらえた。海音寺は遠くを見つめているようだった、何かがそこにあるように、何もない(空気や空は別として)空間を見ていた。


「なぁ瑞垣」

「なぁに」

「…お前うなされとった」


ひくり、と喉が動いた。うなされてた?誰が、いつ、どこで、どうして?海音寺は、どことなく哀れんでいるような、悲しんでいるような瞳で俺を見た。俺はギリ、と歯を食いしばって、吐き捨てるように言った。


「気のせいやないの?俊二君は可愛い女の子達に囲まれた夢を見たのよ、まぁ幸せすぎてどの子にしようかって、苦悩したかもしらへんけどな」


うなされているところなんて、弱いところなんて、見られたと信じたくなかった。特に、海音寺にだけはそんなところを見られたくなかった、哀れまれたくなかった。
しかし海音寺はそんな気持ちをまるで無視して言った。


「…門脇か?」


門脇、その言葉が出た途端、心臓がずくりと疼いた。…一発ぶん殴ってやろうか、きっと海音寺は抵抗しないだろう、何故だかそんな気がした。


「はっ、秀吾の夢なんて見てねぇよ」


あれは、あの夢は、違う。今まで何度かみたことがあるが、あれは秀吾だけではない。まるで心を覆い尽くすような、漠然とした不安の現れだ。そこまで考えて、はた、と気づいた。不安?この俺が?


「ところで一希ちゃん、教室帰らなくていいの?」

「え?」


この話はもうしたくなかった。海音寺はいきなりの話の転換についていけないようだった。こう唐突だと流石の頭も動かないらしい(それでもすぐに回復するだろうが)。
海音寺は大きく目を瞬かせて俺を見た。


「だから、教室帰らなくていいんかって」

「じゃて、俺、瑞垣連れて帰らんとおえんし」

「やだ、帰りたくないわ!」

「お前な…」

「あ、こけた。痛ぇな、あれは」

「…あぁ体育の授業か、良いなぁ楽しそうじゃ、…な、次の授業勝負せんか、お前が負けたら昼奢りで」

「一希ちゃんが負けたら、1日パシリ」

「それじゃと俺のほうがキツいじゃろ!」

「言い出したのは一希ちゃんでしょ」


軽い口調で、いつものように揶揄するように笑う。海音寺は眉間にしわを寄せて瑞垣の方を見ていた。瑞垣はその視線をかわすように前を向いた。


「負ける気がしやんわ」

「それはこっちの台詞じゃ」

「ふふん、次が楽しみやな」


きっと彼は、真剣に向かってくるだろう。揶揄することも手抜きすることもなく、あの真っ直ぐな瞳で俺を射抜くだろう。
その様子が容易に想像できて、思わず笑いが漏れた。


「何笑っとる」

「ふふ、ちょっとな」

「…なぁ瑞垣」

「はぁい?」

「何に恐れてるんじゃ?」


息を呑んだ。オソレテイル?恐れているって誰が誰にだ、俺が秀吾を?それとも他の何かにか?ふざけんなよ、海音寺。


「言うとくけどな、俺ふざけてなんかねぇよ」


俺が思わず投げた携帯を、まるで飛んでくると分かっていたかのように、簡単に受け取ると海音寺は前を向いた。
携帯をじっと見つめながら海音寺は続ける。


「俺は、お前じゃないし、門脇もお前じゃない。瑞垣の気持ちなんて分からないし、分かりたくもない」

「けどな、瑞垣がそこまで恐れてるものは何かって考えてみた。…結局、分からんかったけどな」

「海音寺、何が言いたい」

「ただ一つ言えるのは、ここには今二人しか居らんってことじゃ」

「は、それがどうし…」

「泣いてもええよ」



泣いてしまおうか、本当に一瞬そう思った。泣いて全てをぶちまけて、少しだけ軽くなる。だが、それが何になる、救われるわけじゃない、ただ少しだけ、


「誰が泣くか」

「素直じゃねぇなぁ」

「ごめんなさいねーひねくれてて」

「あ、自覚はあるんじゃな」


瑞垣は空を見上げた。碧い空に雲が見える。




空が眩しくて

思わず、ほんの少しだけ

泣きたくなった




「さて、帰るか」


海音寺はフェンスから手を離すと、くるりと方向転換をした。彼のポジションのショートを想わせる、無駄のない動きだった。振り向いた彼は、見たことのないような笑顔だった。

思わず、彼に、海音寺に、手を伸ばして引き寄せる

驚いた顔が見えて、俺は彼の唇に、










たっぷり六秒間、海音寺は動かなかった。かと思うと次第に顔が朱に染まっていく。口を大きく開けて、パクパクと開閉する。それが面白くて瑞垣は思わず吹き出した。


「な、な、な何して?!」

「一希ちゃん、俺を連れてこいって頼まれたんでしょ、ええの?俺連れて戻らんで」

「いやっ…て、適当に誤魔化しとくってか、わっ!近づくな!」


海音寺が真っ赤な顔をしたまま後ずさる。耳まで朱に染めた海音寺からは、先ほどまでの張り詰めたものは何も感じなかった。この違いが、鬱陶しくもあり魅力でもあるのだろう。


「っ、戻るけぇな!」


バタンと扉を閉め、ドタバタと階段を降りていく音が聞こえる。
きっと海音寺はあの顔のまま教室近くまで行って気づくのであろう。この顔のまま戻ったのでは、クラスメートや先生にどうしたのかと問われると。そして、俺はどうだったのかと聞かれてしまうと。
それに気づいた海音寺はオロオロと狼狽し、その姿はさぞかし滑稽だろう。

瑞垣はくつくつと笑いながら、扉に手をかけた。しょうがない、戻ってやろう。海音寺はどんな顔をするだろう、驚いた顔をするか、それとも素早く切り替えるのだろうか。

空を見上げる、今度は、泣きたくならなかった。

瑞垣は扉を閉めると、階段を降り始めて小さく呟いた。






「今夜はぐっすり寝られそうや」








夢見蝶(心地よいあなたのそばで)







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25000hitキリリク
高校生瑞海

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