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心臓オーバーワーク



『デートしましょ』

瑞垣はいつも唐突だ。今さっきまで確か学校生活について話していたはずなのに。
俺は持っていたシャープペンシルの芯を、思わず折ってしまった。

「は?」

『今度の日曜』

「…空いとる、けど」

『じゃあ決まりやな。9時に駅前な、じゃ』

「え、ちょっ待てっみずが…」


ツーツーと音が鳴って電話は切れた。携帯の画面をぼぅっと眺める、今のは本当にあいつだろうか。携帯の通話履歴を見るとそこには確かにあいつの名前があった(ということは、本当にデートに誘われたのか)デートという単語を復唱してみる、俺は一気に顔に熱が上がるのを感じた。














「嘘、じゃろ?」

地面を叩くような雨を見て海音寺は思わず唸った。昨日の時点ではこんなに雨が降るなんて予報されていなかった。だんだんと強くなってきた雨にため息を漏らす。がしがしと頭を掻くと、海音寺は携帯電話をちらりと見た。8時30分。約束の時間より30分も早く来てしまったのだ。目が冴えて眠れなくて、そのくせ早く目が覚めてしまった。どうしようもなくそわそわしているのを感じて、ひとつ溜め息をついた。


「瑞垣、来るかな」


あいつの性格上、「だって濡れるやんか」とドタキャンする可能性もある。
念のために持ってきていた傘を開いて、瑞垣の姿が無いかさがす。無いのを確認して息を吐き出すと、雨にギリギリ濡れない建物の影の位置に立った。


「かーずきちゃんっ」

「っ!」


携帯を取り出して時間をもう一度確認しようとした時であった。後ろから突然抱きつかれ、思わず傘を手放してしまった。ばしゃんと傘が水溜まりに浸かる。慌て振り向くと、にやにやとした笑みを浮かべた男と目があう。


「瑞垣!」

「やだ、一希ちゃんったら!そんなに待ち遠しかった?」

「っ、そんなわけないじゃろう!遅いんじゃ瑞垣!」

「やだ、まだ20分前じゃない」


にやにやと更に口角を上げて笑う。何か言い返したかったが、何も言い返すことが出来なくて唇をぐっと噛む。


「ふふ、可愛い顔が台無しよ」


そう言って眉間をつつく瑞垣は実に楽しそうだ。その手を払いのけると、海音寺は瑞垣に問うた。


「で、どこ行くんじゃ?」


待ち合わせ場所と時間しか聞いていないため、どこに行くつもりなのか分からない。瑞垣はふふ、と含み笑うと俺の手を掴んできた。どきりと心臓が跳ねる。驚いて瑞垣の顔を凝視するとにやりとまた笑われた。


「初デートといえばあそこしかないでしょ?」


水溜まりから傘を拾い上げる瑞垣を見ながら、曖昧に頷くがどこか分からない。だいたい初めてのデートなのだから、デートというものがどのようなものなのかが分からない。瑞垣はくすくすと笑って俺の手をくんと引いた。

「遊園地や」














雨というのにも関わらず、回りを見渡して見るが人で溢れかえっていた。それでも瑞垣は雨であるからこのような人数ですむのだと言った。


「迷子になるなよ、一希ちゃん」

「瑞垣こそ、俺から離れるなよ」

「じゃあ」

「ん?」


瑞垣の手が差し出される。海音寺は不思議そうに首を傾げた。


「はぐれないように、繋ぎましょ」

「…恥ずかしい奴じゃなぁ」

「首輪と迷ったんやけどな」


そうくすくすと笑いながら指を絡めてくる。今日は何かと笑う回数が多いな、瑞垣。
それがたとえ馬鹿にしたような笑い方でも、海音寺は嬉しかった。思わず頬が緩む。


「何やニヤニヤして」

「何もないんじゃ、何も」


ふふと意味ありげに笑ってみると、瑞垣は少し訝しげな表情を浮かべた。それが何だか可笑しくて、自然と笑みが漏れる。


「ただな、瑞垣が笑うと俺も嬉しいと思ってな」


本心だ。瑞垣が笑うと嬉しい。好きな人には笑っていて欲しいなんて、自分でも乙女思考だって思う、けど、誰だって思うものだろう。隣でポカンと珍しい間抜け面している奴は、どう思っているか分からないけれど。


「俊二君ったら間抜け面じゃよ」


そう言いながら手を伸ばし、頬をつついてみた。それで我に戻ったのか、瑞垣はばっと後ろへひいた。人とぶつかりそうになり、よろめく。瑞垣は苦虫を噛み潰したような顔になり、いきなりそこから走り出した。


「瑞垣!」


慌て後を追うが、人に飲み込まれ見失いそうになる。すみませんと謝りながら必死に追いかけると、建物の影に入り込むのが見えて海音寺は後を追った。
瑞垣は荒い呼吸を繰り返しながらそこにしゃがみ込んでいた。思わず駆け寄り顔を覗き込む。


「っ大丈夫か、……瑞垣?」


瑞垣は綺麗な顔を朱に染めていた。顔だけではなく耳まで赤く染まっている。そんな顔を今まで見たことがなかった海音寺は、思わず顔を凝視した。

「…赤い」

「っ、この天然馬鹿が!」


その言い方に少し腹がたったが、そんなことより瑞垣の色んな表情を見れたことに嬉しさを覚える。瑞垣でもこんな表情するんじゃな…。


「っニヤニヤするな、この!」

「えー?」

「っあほか!」

「うわっ!」


頭を鷲掴みするように、ぐしゃぐしゃと髪を掻き回される。止めてくれと言っても思い切りぐしゃぐしゃにされた。海音寺は次第に頭がぐるぐるしてきたのを感じた。
ふと、それを止めた瑞垣が海音寺の手を引いて歩き出す。


「…行くぞ」


誰のせいでふらふらしているのだと問いたかったが、止めておく。その代わりではないが、ふらふらしているということを示すために、ぎゅっと強く瑞垣の手を握ってみた。瑞垣は何も言わなかったがしっかりと握り返してくれた。


いつの間にか雨は止んで、雲の隙間から太陽の光が姿を現してきていた。
はじめに、ジェットコースターに乗った、落ちてくる瞬間の写真を販売していたので見てみると、俺はぎゅっと目を瞑りながら歯を食いしばっていた。何だか不細工だと瑞垣は笑った。(瑞垣自身は涼しげな顔をしていたので言い返せなかった)

次に瑞垣の強い勧めでお化け屋敷に入った。順番を待っている間、瑞垣は俺の耳元で怖い話を幾つかした。何故か入る前から悪寒がしてしまった俺は、ぎこちない動きで暗い道を進んだ。
しばらくすると瑞垣の話そっくりな幽霊が、いきなり俺の両隣から音と共に飛び出して、俺は思わず先行く瑞垣を掴んだ。瑞垣はにやにや笑いながら、そんなに前に行きたいのならお先にどうぞと俺を先にした。瑞垣の話にそっくりな幽霊が後何度か出てきて俺は悲鳴を上げそうになってしまった。
出口から出てきた瞬間きっと睨みつけると、さも何も無かった様子で一希ちゃんの怖がりと笑った。意地の悪い瑞垣は、わざわざ俺に出てくる幽霊の話をしていたのだ。

それからは昼食を食べたり色々なアトラクションを回った。気づいた時にはもう夕方になっていて、海音寺は最後に観覧車に乗ろうといった。瑞垣は少し渋ったが結局乗ることになった。


「瑞垣、今日は有り難うな」

「いえいえどーいたしまして?」


淡い水色のゴンドラが、ゆっくりと上がっていく。灯りがともり始めた街を見て海音寺が歓声をあげた。


「わっ、綺麗じゃなぁ」


もうすぐ頂点へと辿り着く。瑞垣はゴンドラから外を眺めてみた。確かに綺麗だった。灯りがともり始めた街と、もうすぐで沈みきってしまう太陽とのグラデーションが視覚を支配する。感嘆の声を上げる。


「瑞垣」


ふと、海音寺の声がしたので振り返る。顔が間近にあって驚く。何と声を出す暇なく、唇に柔らかい感触を受けた。すぐにそれは離れていった。


「海音寺?」

「あのなっ、観覧車の看板に、その、観覧車のてっぺんで…キ、スしたカップルは永遠に結ばれるって書いてあったんじゃ…」


そんなのきっと、遊園地が作り上げたものだろう。けれど、何故だか信じてみたくなった。女々しいと笑われるかもしれない、それでも信じてみたくなったのだ。


「ははっ、すまんっ気にせんといてく…」

言い切る前に唇を塞がれた。は、と短く息が漏れると唇を離される。そしてそのまま抱きしめられた。


「大丈夫や、離さへんから」

「瑞垣」

「海音寺こそ、離れるなよ?」

「…当たり前じゃよ、なぁ瑞垣、好きの反対は何か知っとるか?」

「嫌いやないんか」


この場で何を言い出すのだろうか、ピクリと肩が反応する。


「違う」


そう言うと海音寺は目を細めて満面の笑みを浮かべ、言った。





「好きの反対はキスじゃよ」

(つまり、俺はお前を好きにしかになれんってことじゃ!)






心臓オーバーワーク
(いつも、壊れるくらいにドキドキしてる)













*
18000hitキリリク!
湊瀬さんに差し上げます

最後海音寺さんが電波っぽいですが、つまり「好きの反対はキス(愛情表現)なのだから、どうひっくり返っても嫌いになるなんてことはない」という意味です。
分かりにくくて申し訳ありません!

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あきゅろす。
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