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梅雨と少年
梅雨と少年1

 その日
梅雨らしくさあさあと降り注ぐ雨の中、和也はいつものごとく元気いっぱいに登校していた。
例え雨だとしても、そのせいでサッカーが外で出来なくとも、それは仕方のないこと。
高学年になった和也は、昔と違い雨の日を楽しむ事ができるようになった。

雨の音
微かな匂い
独特な気圧の変化

そういった、目に見えないものの存在に気付くようになったのだ。



 その日も、雨の中お気に入りの紺の傘をさし、いつもの道を歩いていた。
普段よりも濃い植物の匂いにくらりとしていると、突然背後から声をかけられた。

「君、神音小学校の子だよね」

 見ると、傘のせいではっきりとは見えないがおそらく大学生くらいだろう青年が立っていた。彼の漆黒の瞳は、和也へとまっすぐに向けられている。

瞬間、ちり、と電流のようなものが背中を駆け抜けてゆくのを感じた。

「うん。神小だよ」

 瞳の強さに押されぬよう思わず反射的に答えたが、何故わかったのだろうと一瞬訝しんだ。しかし、なんて事はない。
和也が神音小学校指定の鞄を肩から提げていたからだろう。

「お兄さんね、これから神音小学校にご用があるんだけど……どうにも迷っちゃったみたいなんだ」

へー……と声に出してみると、あれリアクション薄いね、と苦笑いされた。

「とにかくさ、案内をして欲しいんだ。君、これから登校するところでしょ?どうかな、」

ここで断るのも人としてどうだろう。この前受けた道徳の授業がふと脳裏をよぎる。
しかしそれ以上にこのとても優しそうな雰囲気の彼が、学校にどんな用事があるのか少し興味を持った。
どうせ道は一緒なのだから、断る理由なんか無い。

 和也は、決断をした。






「へー、和也君はサッカーが上手いんだ」
「まあね、この前の体育では二回もゴールを決めたんだよ!」
「すごいじゃないか」


 身振り手振りを加え一生懸命その時の感動を伝えようとする和也はとても可愛らしかった。
小柄な体に似合わぬ学校指定の大きな鞄も、和也の溌剌とした元気さに逆にぴったりと合い。
くるくると変わるその表情も青年の心を惹きつけてやまない。
 思わず頬が緩むのを、止められなかった。



 和也は嬉しかった。
 聞き上手なこの青年、もっとも和也には会話の上手下手の判断など出来ないが、こんな風に熱心に話を聞いてくれる人など周りにあまりいなかった。
同年代の友達は自分のことばかり話したがり、親は話半分でしか聞いてくれない。

 それ故に、和也を普段以上に舞い上がらせた。学校に着いてしまうのが惜しい、そう感じさせてしまうほどに。
 案内を断らなくてよかった。
そう思った瞬間。
腕を、とられた。


「和也君、きみはいい子だね」
「へ……?あ、う、うん」

 褒められ、おまけに頭をふわりと撫でられ思わず顔が赤くなるのを感じた。
 突然どうしたんだろう……?
不思議に思って青年の顔を仰ぎ見ると、やはり優しく笑っている。

「和也君はいい子だから……」

 そう言う彼の顔がだんだんと近づいてくる。びっくりして思わず後ずさるが、腕を掴まれているためそれも叶わず。
 あっ、と思った瞬間には。
唇に暖かな感触。

「んっ……」

 和也も聞いたことはある。
同じクラスの悟史はもうしたことがあると言っていたか。
わからないわからない。
これが、
キス?

 混乱する和也を置いてすっと離れた唇に、和也は淋しさを感じた。

いつの間にか取り落としていた傘が、己の役目を忘れたかのように二人の間に転がっていた。

「ご褒美を……あげるね」

青年はそう言って、魅惑的に微笑んだ。



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