[携帯モード] [URL送信]

失格者
09
「なあ、知ってるか」

トウジはゆっくりと口を開く。

「この世に存在する、人間の欲望の果て。それはな……死なんだよ」
「死……」
「そうだ。人は生まれながらに死を身に纏っている。いや、人間だけじゃねえ、動物、植物、生物、万物ありとあらゆるものの中に死は内在しているんだよ。死と生は対義であると同時に、同義でもあるんだ」
「死と生が同じ……」
「命は誰にでも一つしかない。だがな、一つしかないからといって平等という訳では無い。……平等なんてものはこの世のどこにもありはしないんだよ。
金が有り余ってる奴らはな、世の中の殆どの娯楽に手を出す。酒に女にパワーゲーム。ありとあらゆるものを金の力で支配する。そしてその延長線上に、人の生死が転がっている。その命を金の力で弄ぶ連中がいるんだよ。」
「……」
「幾ら金があったって、リスクが高過ぎちゃあ手を出す奴も少ないと思うだろ。しかしな、あらゆる欲望を超えた先の死に気づいた奴にとって、命はリスクなんか屁でもねえくらい魅惑的すぎるんだよ。そして実際それを欲する奴がこの地球上に腐るほどいる」

淡々と話すトウジの瞳はどこか暗く、吸い込まれそうな気さえした。

「そしてこの地球上にはな、禁忌だと知りつつも命をこの手で摘み取りたいと思う変質者達がぞろぞろいる。……死を与えたい、ってな。そして、死を目の当たりにしたい。そんな腐った考えのやつらがうじゃうじゃいる。そんな奴らの嗜好が一致した時に、こういった宴が催されるんだよ」


……そんな。
そんな異常者達がいるのか……。
いや、実際に先ほど見たあの現実から考えれば、いるのだろう。
死の甘美な誘惑に捉えられた者達が。


「金持ちの依頼主が、人の命が喪われる瞬間が見たいと俺らに依頼する。それを受け、依頼主の庇護下で俺らも好きなようにやる。勿論フォローはあちらさん」
「そんな……」
「信じるも信じないもお前さん次第だよ。俺は正直にあのビデオの事を話したよ。あのスナッフビデオについて、ね」
「……スナッフビデオ、」
「スナッフビデオ。別名、殺人ビデオや殺人フィルム、スナッフムービーとも呼ばれる」

そんなものがこの世にあっただなんて。
僕が当たり前に過ごしていたあの日常の中にも、気が付いていなかっただけでこういったおぞましい出来事が紛れ込んでいたのかもしれない。

「でも、そんなものがあったらもっとテレビとかで……」
「テレビでなんかで放送はまずされない。スナッフビデオに関しては警察内ですら緘口令を敷くくらいだからな。こういったビデオは隅々まで調べられた後、隠されるんだよ。ひっそりと」
「……」
「どうした、怖いのか」
「……うん。……それは勿論恐ろしいよ。命を娯楽として弄ぶんだ、それもあんな風に」
「ああ」

そして僕もあんな風になるのだろう。
笹山のように犯され殺され、そういった嗜好の人間の目に晒され続けるのだ。
ビデオという媒介を通して、何度も何度も殺されなければならない。


「トウジは、何故昼間あそこにいたの、」
「あ?ああ、下見だよ。この撮影の対象が高校生だったんだよ。だからその対象者探しをしていた」
「……だから、あんな木の上にいたんだ。見つかりにくいように」
「そうだ」
「誰か、いいターゲットはいた?」
「ああ。今俺の目の前にいるよ」

そうか。
僕はトウジによって選ばれたのか。
この呪わしきビデオの主人公に。
しかしそれならば何故笹山は……。

「もしかして、笹山は僕の巻き添えなの」
「いや、あれも候補に挙がっていた。ついでだから二人一緒に攫ってたんだ」


……ついで、か。
僕たち二人はなんて軽々しい存在なのだろう。

確かにこの扱いからみると、人の命が平等だなどとはもう思えない。
確かに、この世は不平等で不条理で理不尽な事にまみれている。
……こんな不完全な世界、早く壊滅してしまえばいいのに。
そう心の底から強く思った。


「死体の処理や撮影の編集作業があるから、お前をやるのはもう少し先だな。連続して放流すると、警察が嗅ぎつけやすくなる」
「そう……。それまで僕は……?」
「俺が面倒見ると言っておいた。暫くはここから動かないでもらうぜ」
「……うん」
「うんって……。随分簡単に頷くんだな、あんな風に無理矢理ぶち込まれて殺されるんだぞ。……お前の場合は、更に死姦もされるかもしれないな」
「うん。それでも、僕はこの運命から逃れるつもりはない」
「…………」
「……笹山を置いてなんて……行けない」

それが、僕の最後の決意だ。
命を粗末にするなと怒鳴られるかもしれない。
死んだ者の気持ちを汲んでやれと嘆かれるかも知れない。
誰にも共感されず、誰の理解を得る事も出来ないだろう。
しかし。
しかしそれでも、あの変わり果てた笹山をあんな風に見捨てて行くことが出来ない。
ならばいっそ、共に朽ちる道を選んでみせる。


「……お前、名前は」
「え、」
「お前の名前だよ。あるだろ」
「うん……。悠、津村悠」
「悠、俺の傍から離れるなよ」

触れ合った肩が暖かく、握られた掌が熱い。

何故なのだろう。
僕の生活を壊し、親友を奪った―――笹山を殺した奴ら。
トウジもその仲間なのだ。
しかし、何故か酷く安心してしまう。

この男の傍を離れたくない……それこそ、命尽きる最期の瞬間まで。
トウジの肩に体を預け、そう思った。




[*前へ][次へ#]

9/16ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!