[携帯モード] [URL送信]

失格者
15

広い警察署に連れて行かれ簡素な部屋に通された。
ちょっと待っていなさいと言われ椅子に案内されたので、僕は大人しく従った。

あまりの展開についていけない僕に、警官は

「もう大丈夫だよ、安心して」

と繰り返す。
何がもう大丈夫なのか。
何に対して安心をするのか。
一切分からぬまま、忙しそうに彼らが出入りする部屋のドアをただ見つめ続けた。



ようやく区切りがついたのか、二人の警官が僕に近付き話し始めた。
僕に寄り添っていた警官はすっと離れていき、三人だけが部屋に取り残された。


どうやら、今日僕が殺される予定のアパートで撮影があるとの情報が警察署に入ったそうだ。
それも、犯人たちは以前から探していたグループだという事で、厳重に張り込んでいた、と。
そこで警官が、何も知らずに準備を始めた彼らを一斉に抑えたのだと。
そして犯人達の一人が、僕の居場所を割ったのだという。

僕の居場所を知っている人物といえば、それはトウジだろう。
ならば彼も捕まってしまったのだろうか……。

僕はその話をただただ呆然と聞いていた。

そんな。
そんなまさか。
こんな事になるなどとは思わなかった。
僕は目の前が黒く塗りつぶされる思いがした。

その後、僕は何人もの警察官に何があったのかを聞かれたが、一切口を開かなかった。
何故言わなかったのかは分からない。

だが、言ってしまうことによって僕は今度こそ全てを喪う気がしたのだ。


父と号泣する母が迎えに来て、僕は二人に連れられて家へと帰った。
暫くぶりの我が家は、何も変わっておらず僕を暖かく迎えてくれた。
温かい食事と柔らかい寝床。
それなのに、僕の心にはたくさんのしこりが残っていた。
父と母とどう接すればいいのか分からず、家庭の中ですら僕は自分の居場所をなくしていた。

何日かに一度は警察署に向かい、何度も同じ質問をされる。
一体何があったのだ、と。
しかし僕は決して何も答えない。

馬鹿な専門家がこれはPTSDだと言っていたが、僕の中に心的外傷後ストレス障害といえるものは何もなかったように思う。
彼はPTSDのせいで攫われている間自分の身に起きたことを忘れている、もしくは話すことが出来ない状態になっていると多くの人に説明していた。
そして僕もその説をありがたく利用させてもらい、事件に関する一切の口を閉ざした。





新聞では、連続殺人犯グループ逮捕という見出しであの男達が大きく載せられていた。
そして、その中にはトウジの姿もあった。

やはりあの男達は、僕らの前にも何人もの人達をあのように殺していたようだ。
僕と笹山の前に殺されていた少年少女を、どこで殺したのかやどんな風に殺したのか等を事細かに書いてある。
救出された少年として、名前こそ伏せられていたが僕の事も大きく報道された。


そして彼らの逮捕から数日後、笹山の死体がある山の中でドラム缶の中から発見された。
どうやら燃やして証拠隠滅するつもりだったらしい。
笹山のおじさんとおばさんが泣きながら犯人達に訴えている映像を、僕は自宅からブラウン管越しに見ていた。

そして、その突然の友人の訃報に、嘆き悲しむ友の姿も見た。
死後何日も経ってからの通夜には、笹山の居ない空の棺が据えられていた。
親友を亡くした僕に、深い慰めの言葉を掛けてくる友も大勢いた。
笹山はこんなにも多くの人達から愛されていたのだ。

僕は通夜の席で、読経をする声に紛れてぼろぼろと泣いた。
一人ぼろぼろと。
しかし、もう涙をぬぐってくれるあの青年は居ない。
あの眩しい笑顔の親友も居ない。

僕は完全に一人になったのだ。





それから何日かして、僕はある事に気付き驚いた。

ニュースでも新聞でも、あのビデオに関することが一切報じられていないのだ。
彼らが凌辱され殺されていく所を撮影されたあのビデオに関することが……。

トウジが言った通り、スナッフビデオの存在は国民には知らされることは無く、奥深い場所へと隠されているようなのだ。
故に彼らはスナッフビデオを目的とした犯罪グループでは無く、ただの快楽殺人グループとして世間一般に知られている。
我々無知な一個人は、社会という大きな温室によって守られていたのだ。
故人の尊厳を守るため、倫理の崩壊を防ぐため。
あらゆる理由から、スナッフビデオは存在しないモノとしてそこに在ったのである。

僕ははじめて、社会という枠からはみ出てしまった異端者としての自分を認識した。
知らずにいられれば良かった事をあの短期間で、僕は沢山知ってしまった。
沢山感じてしまった。
そのせいで、僕は完全に周囲から浮いていた。
いや、取り残されていたとでもいうのか。

本来はこここそが僕の居場所なのだ。
何度も戻りたいと思った場所なのに。

それなのに、僕は……。



[*前へ][次へ#]

15/16ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!