失格者
10
ここから出るな。
そうトウジに言われたが、具体的にその間なにをすればいいのか分からない。
第一、自分がいつ殺されるかも分からぬこの状況で、暢気に惰眠を貪るのもいかがなものかと思ってしまう。
あれから再び眠ってしまった自分を置いて、トウジはまた出掛けてしまった。
一つしかないドアにはご丁寧に鍵が掛けられており、しかもどうやら内側――つまりこちら側――からは開けられないような仕組みになっているらしい。
トイレにシャワーに、簡素なキッチンとくたびれたソファだけ。
殺風景にも程がある部屋で僕はすることも無く一日中うろうろとしている。
雨戸が常に閉め切られており日が一切差し込まぬこの部屋では、壁に掛けられている正確かどうかもわからぬ時計だけが唯一変化を齎してくれる。
それから、外で何をしているのか分からぬが、日に何度かトウジが戻ってくる。
食糧を持ってあらわれ、暫く僕と話をしてまた去って行く。
一体この生活は何なのか。
自分でもよく訳が分からなくなってしまっている。
これほどまでに明確な死を目的とした生など、ありはしないだろう。
死ぬために今、生き延びているのだ。
しかし、こんなにも何も無い、何も無さ過ぎる暮らしが続くと、それこそまた死を恐れそうになってしまう。
……生きていたいと願いそうになる。
それが僕の今一番の恐怖だった……。
「悠、気分はどうだ」
トウジはこうして僕を度々気にかけてくれる。
「別に、何も変わりはないよ。大丈夫」
「そうか……ところでおまえ、少し痩せたか、」
「そう……かもしれない」
「こっち来い」
そう言って手招きされ、ソファに座ったトウジの傍に立った。
腰を掴まされ、腹を触られる。
細さを確かめるように優しく撫でられ、ぞわりと何かが背中を駆け巡った。
「オラ、こんなに細い」
「ちょっとトウジ、やめろ」
「ん、なんでだ」
「ゾワゾワして……気持ち悪い」
「馬鹿、それは気持ちわりいんじゃなくて気持ちいいんだよ」
そのままぐいと引き寄せられ、ソファに座らされる。
これまでも何度か二人でソファに並んで座ったことはある。
しかし何故だか今日は雰囲気が違う。
真剣な眼差しで見詰められ、酷く居心地が悪い。
「なあ、悠」
「トウジ……?」
「この俺がまさか、こんなにも……」
「なに、んっ!」
唇ごと奪われてしまいそうなキスをされ思わず口を開いた。
その隙間からぬるりと舌が差し込まれ、歯列をなぞられる。
あまり性経験のない僕にはトウジのキスは刺激が強すぎた。
くらりとする意識を必至で抑え込む。
「んっ、ふ……ぅあ」
無意識にも僕はトウジの舌に自分のそれを絡めていた。
ざらついた舌が唾液によってぬるぬると動きまわる。
僕の小さな口内で、二人分の舌が生き物のように暴れまわっていた。
するりとトウジの手が僕のワイシャツのボタンに掛かる。
トウジは僕と性行為をするつもりなのだろうか。
回らない頭で必死に考えた。
抵抗しなければならない。
トウジの手が、ボタンを一つ一つ外してゆく。
柔らかい肌が、彼の眼に映し出されている。
ああ、抵抗しなければ。
しかし恐ろしい事に、抵抗する理由が見つからなかった。
男同志であるのに。
相手は殺人者であるのに。
僕は未来の被害者であるのに。
こんな狂った場所に居続けたからなのだろうか。
正常な感覚や判断能力が麻痺してしまったのかもしれない。
僕は彼を拒むことが出来ずに、抵抗を早々に諦めてしまった。
そんな僕に気がついたのだろう。
トウジが訝しげな顔で、されるがままの僕を見た。
「悠、いいのか、」
いいのか?
してもいいのかという意味なのだろうか。
だとしたら、もう答えは決まっている。
僕は何も言わずに小さく一つ頷いた。
「悠……」
トウジは僕に深い口付を再び与えた。
くにゅりと蠢く舌に、やはり不快感は感じられない。
寧ろ、体がじわりと熱くなる。
「悠……」
トウジは僕の名前を呼び、首筋に強く吸いついた。
日に焼けていない白い肌に、恐らく赤い花が咲いたことだろう。
鏡の無いこの部屋にいる限り、僕はトウジの付けたこの所有の証を見る事が出来ない。
それだけが、少し残念に思った。
ワイシャツを脱がされ、彼の前に上半身をさらす。
トウジの暖かい手が僕の胸を何度も触る。
つまらない男の胸だ。
しかし彼は、愛おしいものでも見るかの様な目で僕を見詰める。
二つの飾りを指で摘まれるたびに、腰のあたりに甘い疼きが走る。
くにくにと押しつぶされる度に、小さく声が上がってしまう。
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