少年と警察官なりぼつな よいこは眠る時間です まずい、と紙コップの中身に呟く少年を横目に沢田は書類に字を書きなぐった。深夜の警察署。フロアに人影は疎らだ 本日の仕事は家出少年の捜索。その成果は今横で珈琲を啜っている。俺の仕事は青少年を正しく導く事じゃないやい、と内心文句を垂れながら職務を全うするのも上司からの圧力に負けた為だ 沢田の勤務地の地域はマフィアの密集地帯である。青少年の就職率はやたらと低く、昼間から喧嘩や薬に興じる若者が観察出来る。自然の成行きでそういう連中は組織に入り、何割かが幹部候補生として生き残る 最近根性のある奴が少なくてなぁ、というのは近所に住む妙にフレンドリーなマフィアのボス、ディーノの言。ツナもどうだ、と誘われたのは秘密だ そういう訳で近隣の人々は自分の息子が暫く姿を見せなかったとしても捜索願を出したりしない。息子がマフィアに運悪く捕まったとしても一般人にはどうしようもない為だ。そして世界の経済を担うマフィアに地元警察が敵う筈もなく、警察への信用も0に等しい。税金泥棒と化した沢田達の仕事は、組織と関係ないスリを捕まえる事だったり、駐車違反の取り締りだったり、マフィア同士の抗争の後片付けだったりする 少年の祖父は地元の名士、らしい。捜索届と金を握らされた部長とそのお零れに預かれなかった係長に怒鳴りつけられ、沢田はつい先程少年を捕獲した。クソどもが。しかしそんな事情は迷子には関係ない 「君の保護者さんから捜索願が出てたんだけど」 無表情に泥水にも似た珈琲を眺めていた美少年は涼しい黒目をこちらに向けた 「じじいか。半年やそこらで大袈裟な」 大変外見のよろしい彼は大層口がよろしくない。上等なスーツを来た彼は、大人びた容貌とすらりと高い身長とが相俟って15歳には見えない。沢田は愛想笑いをして言う 「まぁまぁ。君の名前は?」 「リボーン」 いくつか質問をして、返答は提出された捜索願と合致する。おぉ、あっさり終わった 沢田は東洋人特有の容貌と小柄な体格が災いしてこの手の不良少年にナメられる。名前を確かめるだけでも、当てたら教えてあげる、だの電話番号教えてよ、などとはぐらかされ、こんな素直な反応は久しぶりだ。ちなみに電話番号を聞き出そうとした5人の奇特な人物は相棒にボコられている 「じゃあ誰か家の人に迎えに来てもらうから」 受話器に手を掛けるとその上からリボーンが軽く押さえ付ける。怪訝な顔で彼を見れば年齢に見合わぬ顔で薄く笑った 「もう少し一緒にいようぜ」 沢田よりも背が高いリボーンは当然手も大きい。すっぽりと覆われてしまった自分の手を見てリボーンに視線を戻す 「家に帰りたくないの?何か相談?」 小さい頃から沢田家には王子様系美少年やら牛型少年やらが紛込んでいたせいで、彼は面倒見がよい。相談は昔からよくされたし(それが恋の相談というのは首を傾げる所だが)話しやすいんだろうな、と思う わざとらしく声を潜めてリボーンは言う 「捜索の依頼主が誰だか知ってるか」 怪訝な視線を向ける 「ベッリーニさんでしょ」 「ベッリーニか。じじいめ、また名前を変えたな」 「は?」 誰かに悪態を吐いたリボーンは悪辣に笑って沢田の耳元で囁いた 「あれはボンゴレの9代目だぞ」 沈黙 「え」 すぐさま絶叫に変わった沢田の口をリボーン手で塞ぐ 「うるさい」 「だだだって」 顎を掴まれたまま沢田は上目遣いにリボーンを見た 「嘘だろ?」 「本当だ」 まさか、でも、とか混乱して呟く沢田をリボーンはじろじろと見る。沢田は気付かない 「だってベッリーニさんは会社社長で」 「本物はそうだったんだろうな。ボンゴレに何したかは知らねぇが本物は土の下か魚の餌か」 「あああ」 知りたくなかった、と頭を抱えて呻いた沢田はぴたりと止まりそろそろとリボーンを見た 「ってことは」 リボーンは沢田の畏れた事をあっさりと口にした 「俺もマフィアだぞ」 「いやー!!」 身も心も疲れ切った沢田は、リボーンと共に入口付近のソファで身元引受人を待っていた。やがてガラス戸を開け入って来たのは長身の若い男二人。黒いスーツ、サングラスはいかにもだ。愛想笑いも引きつるが立ち上がって迎える 「お迎えの方ですか」 「あれ、ツナじゃん」 快活な声がしてサングラスを取った顔は見慣れた端整なものだ 「山本さん…」 かつて交通課だった沢田の、担当区画の駐車違反常習者。注意しても、ここってつい停めたくなるんだよなぁ、と悪びれずに笑うので知り合いになった 「…あなたもマフィア?」 「ハハ、まぁな」 よろけた沢田はもう1人の男に支えられた 「大丈夫ですか?!」 この人も顔がいいな、と働かない頭で思う 「初めまして獄寺と申します。宜しくお願いします!」 90度にきっちりされたお辞儀にびびる。マフィアと宜しくしたくない、と思いながらも差し出された手を握る 何でこの人敬語なんだ?顔赤いし。目潤んでるし 「お前ら帰るぞ」 面白くなさそうに言ったリボーンに従い、2人は名残惜しげに出口に向う。リボーンて偉いんだなぁ、と現実逃避しかけた為に沢田は秀麗な顔が近付いたのに気付かなかった 「またな沢田綱吉」 「へ」 口にリボーンのそれを押しつけられる。思考停止 「ぎゃぁ!」 「色気のねぇ」 くくく、と上機嫌に笑ったリボーンは2人に続いて扉を出て行く。ショックで倒れ込んだ沢田はまたな、という言葉の意味もフルネームがチェックされていた事も携帯の番号を盗まれていた事も気付かなかった 白々と夜の明け始める犯罪者の町。そこに棲息する一警官とマフィアとの戦いは今始まったばかりである 了 (2007.05.13) [戻る] |