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加州


薄闇の迫る夕暮れ時、冷え始めた空気を吸い込んでため息を一つ
どこか不安げなな眼差しで私の反応をじっと観察する加州を見つめ返した

「ね、俺のこと好き?」

「すきだよ」

真っ直ぐに目を見て言い返せば、ぽっと彼の頬が瞳と同じ赤に染まる
自分から聞いてきてるのにいざとなると照れるとかお前乙女か訊いてきてる内容もまるっきり乙女のそれじゃないか いやでも普段からネイルやら髪のケアやってるから女子力は高いんだった

「…愛してる?」

「うん」

「じゃあ、抱いてよ」

「は?」

爪紅塗ってーと頼む時のように、何気ない声音で落とされたとんでもない爆弾に思わず加州の紅玉を睨みつける勢いで凝視してしまった
括った長い後ろ髪の先を指先にくるくると巻きつけ恥じらう仕草は乙女みたいで、マスカラを塗ったような長い睫毛を伏せ視線を下に落とし彷徨わせる加州の顔が赤いというか顔どころか耳までも真っ赤
仕草だけはとても可愛らしいものなのにその発言と今の状況は可愛らしいとは言い難いものだった

「えーと、取り敢えずこの状況をなんとかしない?」

「?」

きょとんと長めの前髪を揺らして首をかしげる目の前の青年

いやいや小首かしげてみても、あんたが私を押し倒した上に馬乗りになって手首押さえつけて完全に動けないようにしてるこの可愛くない状況はどう考えてもおかしいからね!?

加州が前かがみになる度に彼の長い後ろ髪が垂れて私の頬をくすぐるくらいの近さで、子供っぽくくすりと笑う

「だってこの方がやりやすいじゃん」

「なにを!」

「えー?俺に言わせるんだ?」

笑いを帯びた楽しげな響きはやはりどこか不安定
首にしていたマフラーをするりと抜き取って、上着を脱ぎ捨てる腹の上に跨ったままの彼に嫌な予感がみるみる加速していく
片手で器用に胸元の釦を外しつつ、キャバ嬢のように妖艶な笑みを浮かべて自らの唇に真っ赤な舌を這わせて舌なめずりしてみせる様に、遂に私の嫌な予感メーターが限界値を突破して吹っ切れた

「言わんでいい!というかなんでそんな『抱く』なんて思考が出てきたの!いいから離せ!!降りろ!!乗るな!!」

「だって、人間は愛情の確認で体を重ねるんだよね」

叫びながら必死で身をよじって足をばたつかせるものの岩でも乗っているかのように私の体はびくともしなく、唯一抵抗できた指先の下で畳だけがざりりと無情に鳴るだけ

「そうみたいだけど…」

私そういうの詳しくないし楽しくないからやめたら…とせめてもの抵抗にと、口ごもりながら至近距離で見つめてくる紅色から目をそらす
燃え盛る炎を思わせる異常な熱量を宿らせた瞳はこれ以上見つめることなんてできなかった
目線をそらした状態のまま内心だけで、あいにく私はそんなのまだ未経験だよ!悪いな!なんて毒づくものの当然ながらこの状況が変わるわけではなくて

目線を壁に背けたままでも、近づく吐息と顔に重なる影に首筋に触れるか触れないかで揺れる彼の長髪
正面を向けば鼻先の触れる距離まで加州が接近しているのは、見なくても明らかで

「でも俺、川の下の子だからさぁ、意外にそーゆーのも詳しいよ?」

だからだいじょーぶ、なんて軽率なセリフが落とされた
裸の腹部に這う突然の冷えた違和感に、反射的に目を落とせば視界に入るのは私の服裾の隙間からするりと忍び入ってくる加州の利き手
止めようとして正面を向いて加州の方をきつく睨みつけたというのに、それすら嬉しいとでも言うようにうっそりと眼前の青年は仄暗く笑う
落ちかけた最後の赤い日の光が、彼の瞳に反射して濃い紅色を煌めかせた

「加州、やめ、」

戦慄く唇をかみしめて、せめて震える声くらいは制御したいのにそれすら出来ない

「愛してるなら***は俺を抱けるよね。それとも本当は愛してないからできない?」

「ちがっ…!!」

相手は、いつも一緒にいる加州なのに 怖い なんて、そんなことが

そんなこっちの思考すらあざ笑うかのように、覆いかぶさるように近づけられる距離
どろり腐りかけの蜜のように、耳元に吐息と共に流し込まれる彼の音吐をこんなに怖いと思ったことは多分 無い
彼の片手で押さえ込まれたままの両の手から伝わってくるはずの彼の体温はひんやりと冷え切っていて、それすらも恐怖を増長させていく

「へえ?」

不穏な声と共に赤いジェルネイルで少しの欠けも剥げもなく綺麗に色づけられた爪先にギリ、ときつく手首を握り締められて鈍い痛みが脳まで走った
同じ年頃の青年と比較すると小柄ながら、彼は刃を手に戦う刀剣であってその力は姿に比例しない強さで私を確実に拘束して自由を握りつぶす

これは、正直に言わないと私の身が危ない

それを漸くに自覚して、小さく息を吸って覚悟を決める
誠に不本意ながら彼には明かすにした方が良さそう?だし

「だって、私…まだ、そういう経験ない、し」

「え?」

ぱちり、と瞬きする加州の表情は完全に毒気を抜かれた普段の無邪気な青年のもので

「処女ですよ!!!なんか文句あるかコラ!!!」

それに安堵するより先に、恥ずかしさに顔が赤くなるのも構わずに正直に叫んでやれば彼の瞳を縁取る長い睫毛がぱたぱたと瞬いて、血色の虹彩が愉しげに細められた

あ、やばい



愛情表現の分からないびっち加州としょじょ審神者の話
多分この後も「抱いて」「いや」の展開が延々とつづく

2015.02.04




あきゅろす。
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