006
迷子と野球少年
(監督!何だか胸が苦しいです!)
「あーあ、始まっちまった」
ホームルーム開始を告げるチャイム。そう言いながらも山本の表情に焦りはない。
いつも通りに朝練をこなして教室に行こうとしたもののチームメイトに阻まれた。やけに浮き足立った部室。話題は噂の転入生だ。同じクラスということであれこれ聞かれてすっかり参ってしまった。
思いっきり伸びながら相変わらずのんびりと廊下を歩いていると前方に見たことのある人物。間違いない、さっきまで噂していた、
「苗字?」
「へ?」
「オッス、何やってんだ?」
「えーと…」
「ああ!オレ、山本武な!」
そういえば昨日は何だかんだで自己紹介もしていなかったか。山本がにっかり笑うと名前も安心したように笑った。
この時点で2人共、ホームルームが始まっていることなどすっかり忘れてしまっていた。
「それがね、先生に呼ばれて職員室に行ってたんだけど迷っちゃって…」
「はは、方向音痴なのな!」
「そんなことないんだけどなあ」
「じゃあ一緒に行こうぜ」
ここは職員室から教室へのルートにはどう遠回りしようとも組み込まれない。それを方向音痴と言わず何と言うのか。
「武は何をしてたの?」
「オレは朝練の帰りでさ」
「何の部活?」
「野球部だぜ」
「へえ、すごいんだね」
こういうことには疎いのだがキラキラとした目を向けられて山本は頬を掻いた。チームメイトが騒ぐのももっともだ、なんて柄にもなく思う。
「あー…今度見にこいよ!」
「いいの?」
「当たり前だろ!大歓迎だぜ」
「じゃあ行きたい!」
「よし、決まりな!」
次の試合はいつだったか。普段の練習だって見に来てくれるなら嬉しいけれど、どうせならカッコイイところを見せたい。楽しみだなんて隣で呟かれれば、山本の心臓はドクンと鳴った。ただ生憎それに本人が気づきはしなかった。
「あ、A組見っけ!」
「ん?あー、もう着いたのな」
「武…じゃない、山本くん、ありがとう」
「ん?」
「隼人がね馴れ馴れしいって怒ったから…名前で呼ぶの嫌かなって」
困ったように笑う名前の頭に無意識に山本は手を置いた。思えば、まだ転入翌日なのだ。不安がないわけがない。
「名前でいいぜ!」
「へ…」
「そのかわり、オレも名前って呼ぶからよ!」
「…」
「ん、嫌か?」
返事のない名前を覗き込めば、真ん丸な目を思いっきり細めて微笑んだ。今度こそ派手に脈打った心臓に山本は確かに気がついた。
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