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校舎裏の黒猫
(痛みを感じないなんて嘘っぱちだ)
授業半日ということで浮き足立った生徒達。その中をぽつんと1人で帰っている名前はそこら中の視線を集めていた。というのも昨晩、リボーンにツナと別々に帰るように頼まれていたのだ。なんでもツナに新しいことを始めさせようという企みらしい。
「…っぐあ!」
校門を抜けようとしたところで聞こえた声にピタリと足を止めた。ついでにいうならば日常的には聞き慣れない金属音も聞こえた。名前とうって変わって周囲はまるで逃げるように足早になる。それでも好奇心に負けた名前は校舎裏へと足を進めた。
ここ数日、彼は機嫌が悪かった。原因はハッキリと分かっている。2−Aの転入生だ。彼女を見るために多くの生徒が教室を訪れているらしい。彼流に言うならば、群れを作っているのである。そんな苛々の中、放課後にちょうど見つけた集団。校舎裏に座り込んで煙草を持った彼らは彼からすれば恰好の餌食だった。
「ひっ、雲雀…!」
「あいにく、僕は機嫌が悪いんだ」
さっと構えたトンファーが光ったように見えた。ここで素直に伸された方がどれだけ楽だろうか。にも関わらず、無謀にも彼らは立ち向かおうとする。雲雀がニヤリと笑い、トンファーを持つ手に力を入れた瞬間、
「1人をこんな多人数で囲むなんて…」
「…?」
「助太刀します!」
隣に並んだ少女に見覚えはなかった。そんなことよりも、彼女にはこの状況が理解できないのだろうか。彼らの怯えた表情も何もかもが見えていないに違いない。助太刀と言ったが雲雀にすれば邪魔以外の何でもなかった。スキありとでも言うように1人の腕が少女に伸びた瞬間、雲雀は少女の背中を押した。
「邪魔だよ」
「わ、っとと!」
「…ぐはぁ!!」
鈍い音を鳴らしながら雲雀のトンファーは赤く染まっていく。その瞳は生き生きとしていた。いよいよ、最後の1人も意識を失い立っているのは雲雀だけ。頬に付いた返り血を雑に拭ってから、押した時に転んだのだろう少女に目をやった。
「…すっ、ごーい…!」
「…君、名前は?」
「あ、2―Aの苗字名前」
「…そう、君が…」
ぞくり、と背中が震えるのを感じた。顔に見覚えはなくとも名前にはよく聞き覚えがあった。転入生の名前、つまりは雲雀のストレスの原因だ。自然とトンファーを握る手に力が入る。
「ありがとう!」
「…は?」
「あなたが助けてくれなかったら、あたし死んでたかもしれない!」
雲雀は手の力が抜けるのをハッキリと感じた。未だに座り込んだまま笑顔を見せる名前の言動全てが雲雀にとって不可解だった。
「…君が助けに来たんでしょ」
「あ、そういえば」
「…」
「あはは、おかしいねっ!」
間違いなく、雲雀のストレスの原因だったはず。それでも、そのストレスを消し去ったのもまた、名前。雲雀からすれば今のこの感覚さえ不可解なものだった。
「…おかしいね、君」
「あなたのお名前は?」
こんなにも戦意を削ぐ相手は初めてだ。フと笑ってから雲雀はトンファーを下ろした。
「雲雀恭弥だよ」
「うん!これでお友達、ね!」
「…気に入ったよ、苗字名前」
今日は見回りもこれぐらいにしておこうか。雲雀は珍しく真っ直ぐ応接室に帰ることにした。
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