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哀れな者と、その影に





何処か遠くを見つめるように話していたラスネールが、スマイルの方に視線を向ける。


「ボクは決断しきれなかった…心に隙があったんだ、だから君を殺す事にも躊躇した」


向けられる紅と金のオッドアイは、焦点が合ってない気がした。

どこか哀しげな、虚ろな瞳。


「クスッ…バカだよねぇ、ボクもさぁ。さっさと君の命を奪ってしまえば、ボクも苦悩しながら生き長らえるだなんてことは無かったのに」

「……」


どうして、お前はそんなに寂しそうな顔をするのだろう。



まだ状況整理が出来てない僕は、やっと機能し始めた重たい頭を一生懸命働かせて考える。

…ラスネールの話の流れだと、コイツは幽体離脱のようなもの…で、僕の代わりに一時的に僕を動かした、そういう事になる。


「じゃあ、君が意識を手放した瞬間ていうのが僕が屋根の下で倒れてた瞬間…て事だよネ?」


魂は大概ひとつの媒体に対してひとつしか存在できない。
片方の魂が眠るとつまりもう一方の魂が表に出てくる、と。

「そう。せめて雨を防げる場所に移動してからボクの意識を眠らせないと、気を失って倒れ込むのが土砂降りの大雨の中だなんてイヤでしょう?」

「…随分と細かい心遣いデスコト」


コイツは本当に何を考えているのか分からない。

ふいにそんな、らしくない一面を見せられると余計に…理解、したくないと思ってしまうのはきっと優しさに気付きたくはないから。


深入りしてはいけないと、過去のトラウマを抱えた僕自身が心の奥底で叫び出すんだ。



「でも…そんな力が本当に存在するの?」

実際は有り得ないような事態に陥っている自分が確かに此処に居るけれど、半信半疑だった。
これは夢だと自分自身に言い聞かせたかったのかもしれない。

…けれどもこんな状況で嘘を述べた所で、ラスネールには何の得も無いだろう。

だとしたら奴の真意は…目的は…何なんだろうか。



「信じられない?現実味の無い話だからまぁ無理も無いけど…」

「うん、できればもっと楽しい夢であってほしかったナ…」


人差し指で、僕とは色違いの緑の髪を弄びながら。
一瞬考え込んだような表情をしたラスネールは、スッと瞳を細める。


「じゃあこれを聞けば納得するかもしれないよ。この謎めいた力をボクに宿した人形師の名前を、ね………」

意味深な目線をこちらに寄越したラスネールに直後、衝撃を受ける事実を聞く。



「その人形師の名は、ジズ…」


「………!!」

まさか…人形師の力で…!!?


「へぇ、ジズが…おまえと関わりがあっただなんて…」

それもまだ“生きていた頃のジズ”と、ね…。


あの幽霊紳士の過去の話は、あまり知らない。
生前も有名な人形師だったらしい事はチラホラ耳にしたけれど。

その名前を聞くようになったのも、彼が幽霊として世界に再び降臨してからだ。


だから恐らく、強大な魔力や黒魔術(詳しくは知らないけど…とゆうか知りたくない)を身に付けたのも彼の死後の話だろう。

どういった経緯で生き返ったのかは定かではないし。

いや、そもそも今のジズは幽体なんだから“生き返った”という表現自体可笑しいのかも。


「ジズはまだ“ヒト”だった時に、人形を操る力以上の魔術を習得していた。それを後世に残したいと考えたのかどうか…。今となっては、本当の理由なんて本人にしか分からないけれど」


謎多きヴェネチアの貴族の真意は分からない。


「その、人形を操る以上の力っていうのが、君が使った力ってワケだね」


ラスネールがジズに与えられたいわば幽体離脱をして人に乗り移り操作する力みたいなもの?
…いや、それとはちょっと違うのかもしれない。

僕はラスネールに雨の中で刺されて一度気を失って…それから目覚めてからは自分の意志で行動してユーリの所まで戻ったわけだし。


…ん?




ちょっと、待てよ。とひとつの疑問が浮上する。




その、屋根下で目が覚めた瞬間…つまりはラスネールの意識と交代で僕が出てきてから。



ユーリの部屋で『自分はもう死んでいたんだ』という事を思い出すまで、僕にはラスネールとのやり取りの記憶が一切…ごっそりと抜けていたのは何故…?


急にラスネールとの会話全てがフラッシュバックのように蘇ったのも…自分が死んでいただなんて思い込んでしまったのも…どうして?




そして何より決定的な事実は、



「どうして本当は死んでなんかいなかった筈の自分は透明になって消えてしまったんだろう」

「…!!」


今まさに思考の迷路を蠢いていた疑問は、ラスネールの声によって具現化された。


「そう、聞きたいんでしょう?…分かってるよ、だってスマイルに誰よりも一番近いのはボクだもの」


にっこり、と笑うラスネール。
その笑顔は文字通りの穏やかなもので、全くもってラスネールらしからぬ顔だった。



「あの日、まるで空気に溶け込むように透明に還った君の真実はきっと…ボク以外誰も知る由もない」


静かに、あのラスネール独特の狂気に満ちていた雰囲気を今は微塵も感じさせない程に、落ち着き払って喋り出した。




「ただ一人、ジズを除いてはね…」




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