隠された秘密
仕方ないよね。
偽りだらけのボクだけれど、ひとつだけ、今真実を話すよ……
あの日に起きた【悲劇】の真実を、ね。
―――目蓋を閉ざし、意識を手放した君の片隅で。
ボクは物思いに耽る。
…今ここで君の息の根を止めたなら、君は透明になりそれと同時にボクも無に還る。
それで、いいと思えた。
遥か昔に手放した、片割れのスマイル。
君が居ない世界など興味無い。
どうやらボクは疲れたのだろう、何せこうして何百年も苦悩してきたのだから。
オリジナルのスマイルとは違う、クローンのような存在のボクは、生きる意味を探す事にきっと飽きてしまったんだ。
まるで幼子が使い古したおもちゃに飽きてしまったかのように。
大きく振りかざしたボクの手には、雷の光に一瞬だけ煌めいた鋭い刃。
さっきはわざとはずしたけれど、今度は君の心臓に突き立てるつもりだった。
終わらせるんだ…
ラスネールという、存在自体を。
それなのに何故だか、そのままの姿勢から動けなかった。
土砂降りの天の涙とワインのような深みを持つ赤い雫が混ざり合う筈だった、その切っ先はカタカタと震えるだけ。
振りかざしたままの手は行き場を無くし宙を彷徨った。
「…」
殺して、しまうことに戸惑いを覚えるなど…自分らしくもない。
物を壊すことも、躊躇しない。
危害を加える人間共にも今まで散々手を下してきたというのに。
カシャン...
ひたすらに降り注ぐ冷たい雨を浴び続ける大地に、金属のぶつかる音が鈍く響く。
跳ねた水飛沫は、暗雲で覆われた世界の空気に飛び散り、やがては消える。
「…ごめんね、スマイル…こんな世界にボクは、生まれてこなければよかったのかもしれない」
落としたナイフを拾い上げ、大切にしまう。
こんなボクにでも、思い出の品のひとつくらいはあるものだよ。
…ぴくりとも動かないままの君は、きっとしばらくは目を覚まさないだろうね。
このナイフは形見なんだ。
ある人の特殊な力が宿っている…厄介なもの。
それは妖怪である君やボクでも、この刃に掛かればそう簡単には抗えない程の強大な魔力。
もちろん、殺傷力に関しては普通のナイフとは大して変わらないけれど…ね。
蒼い顔に張りついた、青い髪を撫でる。
そうして何百年が経とうとその寝顔は幼いままなことに気付く。
ボクはどうしても、片割れであるスマイルを取り戻したかったんだ。
そんな思いは虚しく、君に拒否されることがどんなに辛かったか。
ボクからスマイルを横取りした銀の吸血鬼を恨んでいない訳が無い。
けど…
スマイルを、助けてくれたあの優しさを持っているから。
スマイルに笑顔を、取り戻してくれたから。
ボクでは取り戻してあげることのできなかった、表情豊かなあの子を。
それは、銀髪の吸血鬼もまた同様に。
何故だか、あの吸血鬼に手をかける気力はもう沸き起こらなかった。
だからもう、最後まで自らの手で終わらせよう。
きっとスマイルはこのままじゃ動けない、けれど何も伝えないまま消えたスマイルをあの吸血鬼は放っておかないだろうから。
これは銀色の吸血鬼に対するボクの最後の抵抗であり、情なのかもしれない。
さぁ、このボクの命を少しの時間貸してあげるから。
君は永い眠りに就く前に“彼”にお別れの言葉を言わなくちゃいけないでしょう?
君の愛した、吸血鬼様にねぇ……
ボクは意識を集中させ、身体を透過させる。
“あの人”によって受け継がれた力は、今この時にしか使うことも無いのだろう。
意識を失っている片割れのその身体に、ボクの意識が触れる。
そうすれば透過された身体は魂になり、上手い具合に“スマイル”に入り込んだ。
ぱちり
眼を、見開く。
雨が染み込んだ重たい衣服を引きずるように、上半身を起こす。
そうして次に指先を、動かしてみる。
どうやら、難なく動くみたいだ。
…流石は人形師と讃えられた人物の能力なのだろう、と思った。
それに、元々は“ラスネール”も“スマイル”なのだから。
シンクロするのなんて、容易いことなのかもしれない。
このままボクの意思を一時的にストップさせれば、このスマイル自身はボクの意識と交代して“スマイル”として動くことができる。
そんなに長い時間はこの能力を持たせることができないけれど。
淵を彷徨っている彼の意識も、また。
くすり、とひとつ笑みをこぼしてボクは浅い眠りに入る。
そうして“スマイル”と交代した―――
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