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旋回する音の中




「……っ、なんでお前が此処にッ…!!?」

出なかった筈の声が。
ほんの少しだけ掠れてしまっていたけど、自分の声は確かに紡がれた。

…まるで宇宙の真空の中で音を取り戻したように。
それも随分と、久しぶりの感覚のような気がするけれど。

あぁ、本当に僕はどれくらい眠ってしまったのだろう?



クスッ、と小さく笑う音がした。


…なんでって、そりゃあ当たり前じゃない?君がさ、…






「気付いたからだよ…事実に、ね」


「……ッ!!」

声と共に、何もない空間から姿を現したのは…

「ラス、ネール…っ!!」


上から下へ、スゥッと色を現したラスネールは何事も無かったかのように、笑みを浮かべたまま。


「やぁ、久し振りだね?」

こんな状況下なのにも関わらず、穏やかな口調で言うものだ。

「…もう、会うこともないと思ってたけどね」


一体、何がどうなってコイツは僕の前に居るのだろう。

気付いた…?
それは何の事なのか。



「あぁ、説明不足だねぇ…訳分からないって顔してるよ」

「そりゃあ、ネ〜…」

幾ら僕が頭の回転早い方って言っても、この状況を理解しろって方がムリ…


「あぁ、その前に…安心して。ボクは君に危害加えるつもり、無いから」

警戒心を明らかにした僕を見て、そう付け足したのだろう。


「…どうだか。君の言うコトなんて気まぐればっかり」

「クスッ…まぁ、信じてもらえないのも仕方無いね」

残念、といった顔を向けられる。

コイツの事だもの、何となく今はそんな気分なだけ。
敵意を表に出してないのも今だけ。


その内にまた気が変わるかもしれない、だからあまり信用してはいけないんだ。


何よりも自分自身に近い存在だからこそ、尚更……


「でもなんで此処にお前が居るの?」

だって、此処は明らかに異次元の空間で…
きっと簡単には行き来できる場所じゃないはず。

「忘れてない?ボクは君の片割れみたいなもの。ドッペルゲンガーが此処に居るわけだから、可笑しな話でも無いでしょう?」


それもそうか…

此処に確かにラスネールが存在しているということは…
ダメだ、思考が上手く働かない。

いや、それともこれも幻?
それはそれでちょっとイヤかも。
なんでよりによってコイツの幻なんか見なきゃならないんだよ。

ぐっ、と自然に拳を握る手に力が入る。


「…一番最初に見た顔がボクでがっかりした?…あの、紅い目をした冷酷非道の吸血鬼じゃなくって」

次の瞬間、僕は思いっきりラスネールの頬を殴っていた。

「…っぐ…ッ――」


拳には殴ったあとの嫌な感触だけが残る。

どうやらコイツが幻じゃない事は確からしい。


「……ッ、ユーリの事なんて何も知らない癖に…」


キライキライキライ。

お前が大嫌い。





「………ヒッヒッヒ、まだ目が覚めてないんじゃ、ないの?…そんな力じゃぁボクには効かないよ」

口の中切っといて、よく言うヨ…


「できればもうお前の顔なんか二度と見たくなかったよ」

「へぇ、それはまた難しい話だねぇ…自分と同じ顔なのに」

ラスネールは口端の血を手の甲で拭って、嫌味たっぷりに言った。


「…まぁこれで、ボクが今此処に存在してるのも幻じゃない事が分かったでしょう?」

………やられた。

それでわざわざ殴らせたワケかい?
本当、悪質なやり方をするよ、お前は……


「気分はどーお?」

「ウン、お前の所為で最低な気分だよ」

良いワケが無い。


けれど、さっきまでの気分とはどこか違った。
何も無い、無音の静寂から一転しコイツが出てきた事によって何かが変わった。

確かに自らが存在している事を実感させる鍵となったのも、また事実。

そう、僕にとっての“ラスネール”という存在は道を阻む罠であり、扉を開ける為のひとつの鍵。


「君は一体、僕の何を知っているというの?」

僕がどれくらいの時間かは知らないが、停止している間に何が起きたのか…

「知りたい…?」

だから、おまえは性格が悪いというのだ。

「答えなんて、聞かなくても分かってる癖に……」


瓜二つ、色違いのラスネールは夜闇に浮かぶ三日月の様に、口元を弧に歪めた。

「答えは案外簡単なものだよ、それは君が思っている以上にね」

けれど、

と深紅と金色のオッドアイでまじまじと僕を見据えながら奴は言った。


「君が思ってる以上に複雑なのかもしれない」

もったいぶるのも、コイツの昔からの癖。
話の核心にはなかなか触れず、じわじわと。
それは布に徐々に水が浸み込み、浸透するかのように心の内部を浸食する。

精神的な圧力をかけることに関しては、自分よりも上だ。


「君はさっきまで無かった自らの色彩をどうして取り戻せたと思う?」

「取り戻す…?」

その言葉通りなら、つまり先程までは本当に僕自身は透明だったということになる。

けれどそれは何を意味しているか。
何故再び鮮やかな色を身体に宿すことができたのか。

何よりこの空間から抜け出す方法とは存在するのか…

「君の意識は確かに此処にある。もしも、それすらも無になっていたとしたら…ボクという、存在は本体無しでは消滅してしまう」


え…?

もしか、して僕が“気付いた事”って……

心の隅に引っ掛かって取れなかった疑惑はやがて確信に変わる―――





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