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留まり続ける意味を





きっと1週間も経っていないのだろう。
ただただ、時間だけは過ぎて去っていった。

それなのに私には今も休むことなく刻み続ける秒針でさえ、まるで錆び付いてしまっているように感じて。

スマイルが消えてしまってからいつまでも、一針たりとも動かないまま…



彼は確かに此処に居ただろうか?
私の思い違い等ではなく。
此処に、私の傍にいつも居てくれた彼の存在は幻ではなくて真実…?


“僕のコト忘れないでいてくれるかい?”


スマイルの声が、頭から離れない。
いっそのことスマイルのことを、彼への想いを忘れてしまえたならどんなに楽なのだろう……

幾らそんな事を思っても無駄な事なのに。

彼の優しさを、温もりを、声を、私だけに見せてくれる表情を、笑顔を、その全てを。
知ってしまった今では忘れたくても、忘れるなんて不可能。


だって私はこんなに…

苦しみに狂いそうな程の胸の痛みは、何よりも彼を想うことの証拠。

今では意味が無いんだ。
今更気付いたって何の意味を成すというのだろう。
彼に伝えることはもうできない…この、心の意味も行き場も私は失ってしまった。


“アッシュくんにはさ、僕が消えただなんて言わないでネ?…あの子涙もろいんだからサ”


どうして、自分が消えてしまうというのにそんな時ですら人を思いやれる?

嫌な奴だ、だってそれでは私はきっといつまで経ってもおまえを忘れる事ができないではないか…

けれど実際にはもう彼は居ないのだ。
信じたくない…
悪夢ならいいのに…

そんな思いが拭えないから、アッシュには本当の事を言えなかった。

“スマイルは旅に出た。いつ戻るか分からないらしい”と。
私が眠りにつく前にも、その間にも長旅に出ていた彼だから、理由としては無理があるかもしれないが有り得なく無い話だ。

スマイルに言われたからじゃなくて、私自身が現実を否定したかった為についた嘘。

だけど…私はこんな時に限って得意な筈のポーカーフェイスができない。

アッシュにもきっとそれが嘘だと気付かれてる。
……前に言われた事があるのだ。

“スマイルに関する事じゃ、ユーリはすぐに顔に出るッス”

そんなに私は分かり易いのか、と些かショックを受けつつ聞き返した。

“多分、ある程度の付き合いがある人じゃなきゃわからない位だとは思うんですけどね”

驚いた。
鈍いとばかり思っていたアッシュには私自身ですら自覚が無かった表情の変化を見破られているだなんて。


だからきっと今も、私の嘘に騙されたフリをしている。

それはアッシュのついた優しい嘘なのかもしれない。
いつもならこんな時すぐに心配して聞いてくるのに…

きっとアッシュは私が真実を話すのを待っている。
何があったのか、スマイルが今本当は何処にいるのか。

察しがついているかどうか、分からないけれど。



座っていた椅子から立ち上がる。
少し、身体がぐらついた事に苦笑する。
貧血気味かもしれない。

何も食べたくないし何かする気も起こらない。
こんなに貧弱なものだったろうか、自分の精神は…


この気持ちも、言葉も、時間も、生きている意味でさえも…全て分からなくなってしまいそう。


ただ永遠に続くだけのこの命。
なぜ、私は無限で彼は有限だったのだろう…
私にも終わりが来てくれればよかったのに。
できるなら彼よりも先に…

身近な者の死を何度も見てきて耐えられなくなったのかもしれない。

全てを記憶から無くしてしまえたらどれ程楽なのだろうか。
きっと、今記憶を失くしてしまえるのなら私はそちらを選んだだろう。

彼の想いと、私の彼に対する想いの深さ…気づいてしまった。
彼が居ないという事実はあまりにも重すぎて崩れてしまいそうなのだ。


窓際に寄りカーテンを薄く開けてみる。
今は太陽が昇っている時刻のようだ。
雲ひとつ無い、快晴。


…忘れてしまうことは酷く哀しい事。

姿を失くしてしまった彼を完全に忘れ去る事は、彼が存在していた事自体を否定する事になるのだ。

それは残酷…、けれども不可能な事と分かっている。
なんとも自分本意な、ただ現実から目を背けているだけでしかないその考えに嫌気が差す。


私はこんなにも脆かったのだろうか…いや、違う。
きっとひとりでは心細くて、哀しくて寂しくて仕方がないのは彼の所為…

大切に思えば思うほど、失った時の喪失感は計り知れないもの。


“ひとりになんて、させないよ”


いつも飄々としていて掴み所の無い、そんな彼が真剣な瞳でそういうものだからきっと信じてしまったのだろう。

自分以外の誰も信じられないと、信じていいのは自分自身のみだと思っていた筈なのに…

彼は頑なに閉ざしていた私の心に勝手に入り込んできて、いつしか離れなくなって……
私にとってスマイルは無くてはならない大き過ぎる存在になっていて。

それなのに私の前から居なくなってしまうだなんて。
こんなにも人の心に踏み込んで居座り続けてきた癖に、勝手だ。


本当に身勝手な奴だ、おまえは……どうして、自分だけ先に行ってしまうのだ。

どうして、私も連れていってくれなかったのだろう…


恥ずかしげもなく“ユーリが居なきゃ生きていけない”だの“君は僕の全てだよ”などと抜かしていたが、そんなものどこまで本気だったのか。

彼が居なければ生きていけないのは案外私の方なのかもしれないな……



早かれ遅かれ、私だけが置いていかれるのは必然。
それは私が吸血鬼である限り変える事などできはしない。

本当は分かっているのだ。
彼が、本気で言ってくれてた事も全部…

腹が立つのは自分自身に対してなのだろう…

この苦しさを彼のせいだと、自分は悪くないなどと罪を押し付けようとしているのだから…


生命が生まれ、そして死に絶える事の繰り返しの中で私だけが立ち止まっている。
私だけが、置いていかれてしまう。

みんな、みんな…

大切にしていきたいのに、誰もが私を置いて先へとゆく。





快晴の空はあまりにも碧くて、その碧さが嫌でも彼を思い出させた。




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