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透明な記憶





「…つっ……」


アレ?

…おかしいな。
なんで僕はこんな所で倒れているんだろう?

確か…ユーリの城を出てアッシュに頼まれた買い物(基本的に僕とアッシュが交代で)に行って帰ろうとして。

もしや此処で雨宿りしてる内に待ちくたびれてうたた寝でもしてしまったのかもしれない。

まだ雨は降り続いてるけれど、いい加減さっさと帰らないと犬くんにもユーリにも怒られそうだしね。


風雨を妨げていた屋根の下を出れば、冷たい雫が髪に、顔に、身に纏っているコートに降りかかる。

僕は城への道を急いだ。





(でも何か、何か重要な
事を忘れている気がする)



ほんの一瞬だけ胸にツキッ…と痛みが走った。

その時はさして気にも留めなかったけれど。











「もーう!今日雨降るなんて最悪〜!!」


やっと城に着いた時にはずぶ濡れ状態で。
ユーリにタオルを投げ渡された。

「傘を持っていなかったなら、雨宿りしていればよかっただろうに」

「ん〜?だって、ユーリに早く会いたかったんだもん☆」

ホントだよ?
ユーリを充電しなきゃ倒れちゃうヨ。


「…勝手に言っていろっ」

だなんてユーリはいつも素っ気無く返すから、全く不安にならないかって聞かれたらちょっと嘘になるけど…


「ヒヒッ。大丈夫、ちゃんと分かってるヨ。ユーリだって、僕に早く帰ってきてほしかったんデショ?」

「…っ……!」


彼のルビーのような紅い瞳を覗き込み、問う。

ユーリのことは誰よりも分かってるつもり。

心ではすごく考えてくれているけど、だからこそそれを表面には出さない。


まぁユーリが変に表面上だけ愛想良くするのは、あまり親しくない相手か苦手な相手か…

いずれにしろ、信頼してくれているからこそ無愛想な顔や素っ気ない態度も…僕の前では昔よりもいろんな表情を見せてくれるようになった。


他の誰の前でも見せない、僕だけが知るユーリの顔。
それもいつからか見せてくれるようになったという事は信頼してくれてる証。







それでもたまには、再確認したくなってしまう。

やっぱり、言葉と態度で表してくれると嬉しいものだから。


つい、心を…言葉を…求めようとする。


「…スマ?」


ユーリの透き通った声に、呼び掛けられ。
その声はいつだって僕の心に一番響く、安らかな音。


だから僕はいつものように笑顔になる。

「だってユーリ、僕の顔見た途端にすっごく嬉しそうな顔したじゃナイv」

「それはっ……///」


急に恥ずかしくなったのか、言葉に詰まり出す…目の前の愛しいひと。

ねぇ、知ってる?
ユーリ照れ隠しする時にいつも髪を弄るの、癖だよね。

ほんのり赤く染まった顔を隠そうとして、目線を泳がせた後俯くのも。





君のそんな仕草一つ一つが、愛しい。

だから僕は君を放したくなんかないと思ってしまう。


僕にとってユーリの存在は必要不可欠なんだ。

なんだか改めて、そんな事思ってしまうよ。
今はまだ完全に壁を取り去って君に伝える事が少しだけ、怖いけれど。

お互いに臆病な所を持っているから、尚更。

いつかこの想いは伝えられるのかな…


君の表情、言動、行動…
その全てが僕の心を惹き付けるんだ。

どれだけ君の全てが、狂おしい程に僕の胸を締め付けるかだなんて。

きっと君は知らない。


こんなに心満たされてもまだ足りない、とどこまでも求めてしまう存在なんてユーリだけ。


好きだ、なんて言葉じゃ足りないね、きっと。





「スマ、おまえは急に私の前から居なくなったりしないだろう…?」


それは、突然の予想もしていなかった問いで。
僕は数秒硬直してしまった。

まさか。

驚かせるのはいつも僕の方なのに、ユーリに逆にびっくりさせられるだなんて。

しばし目をぱちくりさせていたら、「もういいっ」と言う言葉と共に右ストレートを喰らった。


わざと無表情を取り繕う君。
それは君自身の内に秘めた感情を隠す為なのだろうか。
…でも僕には分かるんだ。

君のほんの少しの心の変化。

不安、哀しみ、嬉しさ……愛しさ。

人前で感情表現をするのが苦手で、誤解すら招いてしまいそうな不器用なユーリ。

けれど、無意識になのか…僕に対しては気持ちをぶつけてくれる。
それはもう僕であっても時々分からない位に天の邪鬼で分かりづらいものだけれど、ネ。


それ程までに長い時を僕達は一緒に過ごしてきた。
些細な事も忘れられない大事なことも、くだらないことも楽しいことも。
全部、共有してきたんだ。

きっと他の人じゃなかなか判り得ないことも何となく伝わってしまうのは、想いが通い合っているからだと。

そう、きっと少し位そう思ってもいいよね?

君にとって僕は必要な存在だって。


「………ユーリ?」












さっき僕を呼んだ君の声にほんの少しの不安と、震えが混ざっていた事が気に掛かるけれど。




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