書記が(以下略)。
捨てろと言っても別れると言ってもその面見せるなと言っても、書記は嫌だ嫌だと会長の制服に涙と鼻水を擦り付けるだけ。離そうと会長が書記の頭を両手で押しやるが、すがりつく力が強くなり離れる気配はまるでない。その内、引っこ抜く気概で書記の髪を掴むに至る。書記なんて禿げてしまえ。
「離せっ!」
「いやだぁぁっ!」
「じゃあ捨てろっ!」
「いやだぁぁっ!」
「―――っの」
「……会長。会長」
堪忍袋の緒だけでなく袋自体までズタズタに切り裂けそうになった頃、見かねた副委員長が声をかけた。何だと会長が凶悪な人相を向ける。
「押してダメなら?」
引いてみろと?
会長は盛大に顔をゆがめて書記を見下ろした。
これ相手に?
だが、このままでは埒があかないのも事実。非常に、ひっじょぉぉぉに不本意だが、会長は身体から力を抜くと悲しげに溜息をついた。そうして、ポツリとこぼす。
「……ダーリンは、オレの気持ちなんてどうでもいいんだ」
「いやだぁ……そんなわけあるかっ!」
「だって、オレのささやかなお願いを、一切きこうとしてくれない。オレのパンツと、オレの身体さえあれば、オレの気持ちなんてどうでもいいんだ」
「……っ!?」
ぐわっと書記が顔を上げると、悲しげな会長の表情が目に入った。
「オレが、こんなにもお願いしてるのに。嫌だ嫌だって、自分のことばかり」
「ハニー……」
狼狽える書記に、会長は内心笑みを浮かべる。効果があったと。もう後一押しだと、会長は両手で書記の頬を包む。そうして、力なく笑みを浮かべた。
因みに話し方は、落ち込んだ際の会計が参考だ。
「……なぁ、ダーリン」
「ハニー?」
「お願いだから、捨ててくれ。ダーリンが好きなのはオレ自身なんだって、安心させてくれよ。そしたら――」
「……っ!?」
会長が、笑みの性質を一転させる。悲しみに満ちたものから、酷く妖艶なものに。そうして、片足を書記の背に回し引き寄せる。ぐっと密着した身体。
―――たぁぁっぷり、サービスしてあげる
熱っぽく囁かれた言葉。チュッと音を立てて書記の耳から離れる唇。
「な?」
そして、至近距離での満面の笑顔。
「―――っ!?」
瞬間、書記は会長を抱え走り去っていた。開けっ放しのドアを眺め、副委員長がやれやれと首を振る。立ち上がり、普段事務処理などを行っている方の部屋に移動すると、先ほど会計の隣でおろおろしていた風紀委員がドアから廊下をのぞき込んでいた。不思議そうに首を傾げながらドアを閉める。
「あ、副委員長。お疲れさまです」
「ああ」
「あの、先ほどはすみませんでした。話があるとのことでしたので。委員長には二人のケンカより重要かと」
気にしなくて良いと副委員長が手を振る。それから苦笑した。
「これであのヘタレに進展あればいいんだけど」
言う内に、副委員長の携帯がメールの受信を告げる。内容を確認すると、おぉと感嘆の声を漏らした。
「委員長の方もうまくいったみたい」
「え?」
「廊下のど真ん中で告白して、くっついたと」
「ようやく!」
こうして、一連の騒動に幕は下りた。
―――かのように見えた。
「……仲直りしたんじゃなかったのかよ。何でここにいる」
苦々しげにそうこぼしたのは風紀委員長。目の前には会長。そして場所は風紀委員長の自室。困惑気味な会計がテーブルの上に湯飲みを並べ、風紀委員長の隣に腰掛ける。
会長は笑みを浮かべていた。けれどその機嫌はすこぶる悪かった。
「聞け」
やだよ。
風紀委員長はそう答えたかった。
「あいつはちゃんとオレのパンツを破棄した。だからオレも約束を守った。たっぷりサービスして、この世の天国を味あわせてやった」
「……良かったじゃん」
「ここで話が終わりならな?」
終わりじゃないのかよと、風紀委員長は早くも呆れを見せている。隣の会計の様子をちらりと窺えば、内容が内容なので頬を染め居心地悪そうにしていた。それでも心配からか、真剣に話を聞いている。
「あの野郎。その様子を一部始終隠し撮りしてやがった」
パシンと、風紀委員長は己の額をおさえた。
せっかく仲直りしたと思ったのに。案の定、書記がまたやらかしたのかよと。
「で、でも、覚君、会長のことすごく好きだし、それを他の人に売ったり、しないと思うよ」
さっと顔を青ざめさせた会計が、それでも書記を庇おうと心持ち早口で告げる。
わずかに身体が震えていることに気づいた風紀委員長が、会計の手をぎゅっと握りしめる。ふっと身体の力が抜け、会計は風紀委員長に笑みを向けた。そして肩が触れ合うぐらいに距離をつめる。
そんな二人の様子に、会長はつまらなさそうな眼差しを向けていた。こっちは恋人とケンカしてるっつぅのに。
「……勝手に何やってんだと、俺は当然怒った。あいつはしどろもどろに弁明を始めた。それはまだ良い。けれど内容がなんだかおかしい。さらに問いつめれば、白状したよ。今までもヤる度、毎回隠し撮りしてたってな」
風紀委員長は思った。会長がやってきて、嫌な予感がした時点で会計には自分の部屋に戻ってもらうべきだったと。こんな話、聞かせたくなんてなかった。
あんまりな内容に、会計は縋るように強く風紀委員長の手を握りかえしていた。
「しかも、それだけじゃない」
「……まだなんかあるのかよ」
会長が力ない笑みを浮かべる。
「オレの部屋の至る所に隠しカメラ設置してやがった」
「うーわー」
「寝室や風呂はもちろん、キッチンやリビング、便所にまで。ありとあらゆる場所に、ありとあらゆる角度で」
ついに会長は、両手で顔を覆ってうなだれるに至った。
「……四六時中一緒にいるってのに、いつ見る気なんだよ」
「いっそ、一度病院か警察につれてけ」
会長に向けられる二人の視線は、同情的なものだった。
どうやら、まだまだ問題の幕は下りなさそうである。
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