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会計が逃げ回ってる話。




 昼休み。昨日と同じく生徒会メンバーは食堂に集まっていた。違うことといえば、書記が会長の隣の席ではなく傍らの床に正座していることぐらいだろうか。

 ‘待て’をされた犬のように、じっと会長を見上げている。

 一限は姿を現さず二限から出席していた会計は、なぜかふわふわ落ち着かない様子を見せていたが、今は心配そうな視線を二人に向けている。といっても書記の姿は低い位置にあるので見えないが。

「おう。お前ら放課後に風紀室に来いよ」

 昨日と同じように、風紀委員長が声をかけてくる。会計の肩がビクリと跳ねた。

「何故だ?」
「何故だって……朝、中庭にぶちまけたもん取りに来いよ」

 呆れて言ってから、風紀委員長は会計に隣に座っていいかと訊ねる。え?あ、うん。とぎこちない返事をする会計はしかし、頑なに風紀委員長の方をみようとしなかった。

 カタリと委員長が腰かける。ガタンッと会計が立ち上がった。

「オ、オレ、もうお腹いっぱいだから先行くねっ」
「え?」
「じゃあ、ごちそうさま!」

 会計は逃げ出した。またもや脱兎の如く逃げ出した。

「……お腹いっぱいって、まだ食ってねぇじゃねぇか」

 会長が呆れたように呟く。副会長は冷たい目を委員長に向けた。

「……何やらかした」
「……やらかしちゃいねぇよ」
「そうか?クラスの風紀委員……今朝、早番だった奴に委員長が何かやらかしたみたいだからフォローしてくれないかと頼まれたぞ。悪気はないはずだからと」
「いや……だから、やらかしちゃいねぇって」

 言いつつも、委員長は気まずさげに視線をそらす。

「ただ……下の名前で呼んだだけだ」
「嫌だったんだろ、それが」

 間髪入れず、会長がスパッと言い切った。

「ちっげぇよ。照れてるだけだっつの」
「名前ぐれぇで照れるかよ。生娘じゃあるまいし。なぁ?」
「……そうだな」

 少しだけ考える素振りを見せ、副会長は会長に同意した。その同意に、風紀委員長はうなだれる。

「……とにかく、お前ら二人は放課後風紀室に来い」

 会長は軽く肩を竦めて返事の代わりにする。書記は結局ずっと無言で正座していた。

 そうして迎えた放課後。

 風紀委員長は会長と書記を教室まで迎えに行っていた。バックレられては困る。と、いうのももちろんあるのだが、昼休み会計に避けられたのが何気に堪えていた。

 ちゃんと許可を貰ったからこそ下の名前で呼んだのだし、顔を赤く染めていたから恥ずかしがっているだけで嫌だったわけじゃない。そんなはずないと思いながらも、昼の会話が妙に残ってしまっている。

 とにかく、顔を見たい。何か言葉を交わしたい。そんな一心で教室を訪れた。もはや中庭の件は二の次だ。

 自分のクラスの終礼が終わるやいなや、風紀委員長は教室を飛び出した。目的のクラスでは終礼が長引いているよう。ドアの前で落ちつきなく待つことしばし。やたらぐったりした教師が出てくるのとほぼ同時に教室の中をのぞき込む。

 目当ての姿はすぐに見つかった。

 席に着いたままの会計が、風紀委員長に気づきあ、と声を上げた。けれど風紀委員長が声をかけるより早く視線をそらし、ガタリと立ち上がる。

「トシ君!オレ、先に行ってるね!」
「は?」

 副会長にそう告げるやいなや、風紀委員長がいるのとは別のドアから飛び出していった。荷物も持たずに。

 しかも生徒会室とは逆の方に走っていった。いや、そっちからもいけなくはない。いけなくはないが遠回りだ。そんなに風紀委員長の近くを通りたくなかったのか。

 ヒソヒソと、教室内の生徒たちが囁いている。

 逃げた。
 避けてる?
 そういや、昼休みも
 実は今朝も
 え、もしかして委員長
 とうとう振られた?

 ヒソヒソヒソヒソ話し声が広がる。風紀委員長は硬直したまま、動けずにいた。そんな風紀委員長の肩に、手をおく人物があった。会長だ。

 会長は満面の笑みで風紀委員長に頷いてみせる。風紀委員長は――

 会長と書記を八つ当たり気味に風紀室へ連行した。

 さて、一方会計は、生徒会室のドアの横で体育座りしていた。鍵を持っておらず、中に入れなかったのだ。

 やがて副会長が鍵と会計の荷物を持ってくると、会計は眉尻を下げた笑みを浮かべた。副会長は呆れたように息を吐く。

「……トシ君」
「とりあえず中に入れ」
「ん」

 中に入った二人は、自分たちの執務机でなく、応接用のソファに並んで腰かけた。

「……で?」
「実は……」

 昨夜と今朝のやりとりを、会計はかいつまんで話していく。

「……委員長、呆れたかなぁ?」
「呆れたかは知らんが、ショックは受けてたな」
「……え?」
「自分に置き換えて考えてみろ。いきなり避けられるようになったらどう思う」
「……あ」

 会計は泣き出しそうな表情で、己のシャツの胸の部分を握りしめた。

「……どうしよう」
「どうしたらいいと思う?自分が悪いとおもったら――」
「ごめんなさい。オレ、委員長に謝ってくる」
「ん。いってらっしゃい」

 スクッと立ち上がった会計に、副会長は笑みを向ける。ありがとうと礼を告げ、会計は早速風紀室に向かった。一人残された副会長は、しばらく誰も戻ってこないだろうし暇だから、お茶でも飲みながらのんびり過ごすことにした。

 一方の会計は、この時まだ知らなかった。向かった先の風紀室で、衝撃的な光景を目撃してしまうことを。





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