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風紀委員長がかわいそうな話。




 書記の奇行の次は、中庭に突如現れた大量のパンツだった。

 入った通報に、風紀室は俄に騒然となる。

「―――デカ長!事件です!」
「バカ!デカ長は仮眠中だ!声落とせ!」
「すんません。でも事件なんです!中庭に突如謎のパンツが!しかも大量に!」
「…………はぁっ!?」

 え?パンツ?パンツって……パンツ?
 ズボン?
 いや、下着の方らしい
 え?何で?
 昨日最後の見回りん時にはなかったはずだろ
 朝一でもんなもんなかったぞ
 え?忘れ物?
 え?大量に?
 愉快犯?それとも何かのメッセージか
 ……パンツで?

「…………パンツ」

 パンツパンツと謎が謎を呼ぶ。風紀委員たちが現場に駆けつけるのも失念しざわついていると、聞こえた不穏な単語に風紀委員長がむくりと起きあがった。

「あ、デカ長!お目覚めですか?」
「……誰がデカ長だ。つか何騒いでんだ」
「実は……」

 委員からの報告に、風紀委員長は両手で顔を覆った。

「……パンツ。中庭に」
「意味わかんないっすよね」

 意味が分からないでいたかった。

 パンツという単語に、思い当たる節がありすぎる。生徒会室の窓は中庭に面しているし、嫌な予感しかしない。そういや、朝見かけた時、書記はなにやら紙袋を抱えていた気がする。アレの中身がそうだったのだろうか。つか、破棄するんじゃなかったのか。なぜ中庭に。

 昨夜から大量に聞かされたパンツという単語が、もはやトラウマになりそうだ。

 とりあえず、風紀委員長は片手だけはずし、伸ばした腕で何かを指し示そうと揺らす。

「……あー、あれだ。何か、袋持ってって回収しとけ」
「落とし物扱いか?事件扱いか?」

 落とし物扱いならば事務室に提出して後、生徒の目に触れる落とし物ボックスにてしかるべき期間保管される。事件扱いならば風紀委員で保管を行い、詳しい経緯や犯人を調べる必要がある。

「焼却炉に……」
「え?」
「……いや、持ち主の目星ついてるから」

 うっかり本音が出た。

「え?もう目星が?」
「すごい!流石委員長!……じゃなかった、デカ長!」

 何でわざわざ言い直すんだと、風紀委員長は発言した委員に視線を向けた。億劫なので口にはしないが。

「……違ったとしても、落とし物ボックスに入れるわけいかねぇからここで預かる。とりあえず、オレは一旦……」

 一旦、生徒会室に行ってくる。

 そう、言おうとして風紀委員長は言葉を途切れさせた。

 行きたくない。ものすんごく行きたくない。生徒会室に行きたくないと言うよりも、あの二人、どちらか一方だけだとしても、に会いたくない。疲弊することが分かりきっている。

「……いや、やっぱオレも中庭行くわ」

 本当は中庭にだって行きたくない。そこに散らばっているものを目にするのも嫌だ。他の委員に拾わせて、会長もしくは書記に渡すよう指示を出すことはできる。

 けれどいくら何でもそれはずるいだろう。嫌だからと他人に押しつけるだなんて。しかも、あんなんでも、たとえ不本意であっても会長とは友人関係なのである。それに、

「どうにかしなきゃ、ずっと心配してそうだしなぁ」

 重い溜息と共にそうこぼし、風紀委員長は立ち上がった。

「あ、委員長」

 風紀委員長が中庭に行くと、ちょうど会計もやってきた。他人任せにせず、きちんと来て良かったと、風紀委員長は笑みを浮かべる。

 会計は、風紀委員長の姿を目にすると、ほっとしたような、けれど少し申し訳なさそうな表情になった。その手には何やら紙袋が。

「おはよう」
「おはよ。もしかして風紀に連絡あった?その……中庭の……」

 言いにくそうにする会計に、風紀委員長はああと頷く。会計があーと呻く。

「……ごめん」
「いや……」
「えっ!?」

 気にする必要ないと風紀委員長が言うより早く、近くにいた風紀委員が驚きの声を上げる。どうしたのかと首を傾げた会計は、少しして相手の勘違いに気づいた。

「ちっ、違うよっ、オレのじゃないからねっ」
「え?違うんすか?」
「違うよ!オレは……その、現場にいただけで」
「えっ?じゃあ目撃者っすか?」
「う、うん」
「委員長!目撃者ですって!と言うわけで委員長は事情聴取お願いします!ごゆっくりどうぞ!」
「あ?」

 いい仕事したとばかりの顔で、その風紀委員は中庭に走り出る。その後ろ姿を微妙な表情で見送り、結局まぁあいいかと風紀委員長は会計に視線を戻した。中庭では通報者に話を聞いたり、落とし物を回収したりしている。ここでのんびり話をしていても、問題はなさそうだ。

「だ、そうだから話聞いてもいいか?回収は任せとけばいい」
「え?あ、うん」
「つっても、どうせあいつ等のケンカのだろ?」
「……みたい。でも、よくわからなくて」

 ポツリポツリと語られた内容に、風紀委員長は頭をおさえた。

「……自分の」
「うん。もう、何が何やら」
「……因みに、当事者二人は?」
「会長は怒ったまま出て行っちゃった。たぶん教室。覚君はまだ生徒会室だと思う。すごく落ち込んでたから」
「……そうか」

 ぶちまけた本人、もしくは持ち主が拾いに来るべきだろうと風紀委員長は頬をひきつらせる。それから、しゅんとうなだれている会計に安心させるよう微笑む。

「一応、今日話し合わせる予定だから。それで解決するかはわかんねぇけど」
「ありがとう……なんかごめんね。忙しいのに迷惑かけて」
「いや……つか、和行が、気にすることじゃ、ねぇし」
「んー、でもなんか……え?」

 さらっと流しそうになった会計は、けれど風紀委員長の発言に気づく。

 昨晩の下の名前云々を、風紀委員長はしっかり覚えていた。先ほど会計は役職名で呼んでいたが、だからと言って風紀委員長は昨晩のやりとりをなかったことにしたくなかった。

 会話しながらも、虎視眈々と名前を呼ぶ機会をうかがっていたのだ。

 照れくささを押し殺し、会計の反応を緊張と共に見守る。会計はしばらく呆然とした後、徐々に顔を赤くした。ぱさりと、紙袋を落とす。

「え?あ、うん……その、うん、えっと、あの……オ、オレ、そろそろ、行くね」
「え?」
「じゃ、じゃあ、後、よろしく。……そ、想君」

 言いおき、脱兎の如く走り去った。

 会計を見送りしばし。風紀委員長はおもむろに口元を片手で覆った。嬉しさをかみしめて。

 が、この時風紀委員長は気づいていなかった。今の行動がハタからどう見られていたかを。

 中庭にいる風紀委員及び通報者は、風紀委員長と会計の動向をひっそりとうかがっていた。風紀委員長の片恋は有名だった。最近、他の人とも噂になっているが、もうじきくっつくのではとの見方が大半だ。その二人がそろっているのだから、気にならないわけがない。

 だがしかし、穏やかに会話していたはずが突如挙動不審になり逃げ出した会計。

 あ、逃げた。
 え?逃げられた?
 え?何で?
 委員長、何かやらかした?
 てか、え?もしかして振られた?





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あきゅろす。
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