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5




 鬼気迫るものがあった。

 鳴海朔夜は後にそう語った。



 生徒会室の風景



「………………」
「……鳴海。ドアを閉めろ」
「……あー、すんません」

 パタンと後ろ手に戸を閉めた鳴海は、けれど自分の席ではなく会長席へと向かった。

「北条先輩」
「……何だ」
「英先輩、どうかしたんすか?」

 声をかけられ僅かに鬱陶しそうにした北条は、質問を聞いてようやく手を止めた。チラリと副会長席に目をやり、すぐに戻す。

「知るか」

 にべもない返事。

 我関せずと仕事を再開した北条に、鳴海は苦笑いして頬を掻いた。

 あー、この人本気でどうでもいいと思ってるよ、と。

 仕事さえきちんとしていれば良いらしい。この空気、何かヤなんだけどなと思いつつ、鳴海は自分の席へと移動した。気になっても、自分で訊く勇気はない。

 件の英はと言うと、一心不乱に書類を処理していた。先日までも殺気だっていたが、それの比ではなかった。

 何て言うかもう、これまでの二倍位の処理速度なんじゃってぐらい。パソコンに打ち込む音がすでにタンタンタンッではなく、タタタタタタタッてかんじ。

 昨日あんなにご機嫌MAXだったに一晩で一体どうした。

 なるべく英の方を意識から切り離すようにして、鳴海は己の仕事に取りかかる。

 スルースキルは北条ほどではない。

 だからやっぱり一番最初に音をあげたのも鳴海だった。

 とにかく癒しがないのだ。癒し要因であるはずの英が剣呑な雰囲気を醸し出しているのだから質が悪い。

 もーヤダともう無理と、机の下でケータイを開く。目当ては癒し効果抜群の画像。かわいいなかわいいななでくりまわしたいなと元気の補充。

 ひとしきり堪能した後、ふと時刻を見ればちょうど昼時。

 そうだ。休憩しようと鳴海は席を立った。

「北条先輩。時間。お昼にしましょう?」
「………もうそんな時間か」

 わざわざ近より小声で話しかけたのは、殺伐とした空気の中、大きな声を出すのが躊躇われたから。

「外に食べに行ってきま〜す」
「好きにしろ」

 言いつつ、北条は指で眉間のシワを伸ばす。そして、ビニール袋から握り飯を取り出し、机の上に置く。

「鳴海」
「はい」
「茶」
「……は〜い」

 昼休みの前にお茶を用意していけという、先輩の言葉に大人しく従う鳴海。備え付けの給湯室に向かおうとして足が止まる。

 え〜っと、ここはやっぱ訊いといた方がいいんだよね?怖いけど。声かけづらいけど。でもやっぱ聞かなきゃだよね。

 そんな葛藤をしつつ、鳴海は油の切れたような動きで英の方を向く。相も変わらず、鬼の形相で仕事を処理していた。いつもの柔和な顔はどこへ行った。

「……英先輩、お茶」
「結構です」

 いります?と訊ねようとしたのを、途中でバッサリ切り捨てられる。

 何となしに精神的ダメージを受けた鳴海は、そのままふらふらと一人分のお茶を用意しに向かった。

 湯呑みを持って鳴海が戻ると、北条は開いた文庫本に目を落としていた。お茶を渡すと短く礼を言うも、視線はあげない。

 よく、よくこの空気の中のんびり読書しながら昼食をとる気になれるな、と鳴海は感心した。自分にはとてもじゃないが真似できないと。

 そんな鳴海は、天気の良いこともあってどこか外で食事をしようと考えていた。いつもはこの場で食べているが今日は無理。

 可愛らしい猫のアップリケがついた弁当袋片手に、鳴海は生徒会室を後にしようとした。

 したけどできなかった。

 ノブに手を伸ばした瞬間に、ドアがひとりでに開いたのだ。否、自動ドアではないので自動的に開いたわけではない。外から開けた人物がいた。

 目の前の人物を認識して、鳴海は、あ、と声を漏らした。その人物も目が会うと、お、と声を出す。

 そこには現在の惨状の諸悪の根元が立っていた。

 片手で持った本でトンと己の肩を叩き、首をかしげる。背はまぁ、高い方。顔もまぁ、良い方。格別ではないけど、それなりに。

「何?鳴海、飯、外で食うの?」
「……あ、はい」
「暑いから、気を付けろよー」

 思いもかけない人物の登場に、鳴海ははぁとしか答えられなかった。諸悪の根元はそんな様子を気にもせず、くしゃりと鳴海の髪を軽くかき混ぜると、そのまま室内へと入った。

「………………」

 ちょっとだけ呆然としていた鳴海は、外へは出ず扉を閉める。そしてそこへ背を預ける。後ろ手に鍵を閉めて、様子を見守ることにした。

 中の状況はと言うと。

 どんな空気の中だろうと我関せず己の道を突き進んでいた北条が、机に手をつきガタリと立ち上がった。先程のばしたばかりの眉間のシワが深くなっている。

 そして英も。休憩すらとらずに脇目も振らず書類の処理をし続けていたというのに、ここに来てようやく手を止めた。纏う空気はより険悪なものへと変化したが。

 じっと、射殺さんばかりの勢いで目の前の人物を睨み付けていた北条が、口を開く。

「……鳳、先輩」

 鳳汰朗。それがその人物の名前だった。ちなみに読みはオウタロウ、ではなくオオトリ・タロウ。フルネームだ。

「おー、北条。終わりそうか?」

 お前にだけは言われたくない。

 そんな突っ込みをする人物はいなかった。そもそもそんな空気でもない。

「……昨年度の、新歓の際の業者発注リスト及び最終報告書が見当たらないのですが」
「それなら今年度のと一緒」
「一緒?」
「そうそう。まとめて置いといた」
「………では、その今年度のものはどこにしまいましたか」
「資料室。東側の一番右端の上から三段目。の左辺り」
「………………」

 さらりと答えられ、北条のコメカミがひきつった。

 さもありなん。

 資料室に保管する資料は、基本的に昨年度以前のもの。今年度に作成した資料等は生徒会室の棚にしまわれているはずなのだから。

 おもむろに携帯を取り出した北条は、ある番号にかける。今聞いた棚を指示し、その資料を持ってくるよう告げた。

 その様子を、のんびり見守っている鳳に、近づく影があった。

 先程から一言も言葉を発していない英だ。

 鳳の腕を無言で掴むと、ガシャリと手錠をかける。

「………………へ?」
「被疑者確保」

 呆然とする鳳に、英はめっさ良い笑顔を向ける。殺気はそのままに。

「鳴海、久遠寺に戻るよう伝えろ」
「あ、もうメール送りました〜」

 グッジョブと心の中で親指を立てていた鳴海は、北条の言葉に携帯を振って見せた。

「え?何?公開SMプレイ?華姫、大っ胆。でもどっちかってと、逆の方が嬉しいんだけどな」
「するわけないでしょう?いらない口は閉じて、とっとと仕事を片付けてください」
「え〜…あ、じゃあ一度抱かせてよ」
「何がじゃあなんですか?大体、僕はタチだと何度言えばその頭は理解するんです?」
「何事も経験だって」
「無駄口はいいので、仕事してください」

 英がぐいと手錠を引っ張り、鳳がソファの上に倒れ込む。

「………英先輩、なんで手錠なんか持ってんすか?」
「何となく、です」

 北条から書類を一山受け取った鳴海が、トテトテと二人の側に近寄る。ソファの前のテーブルにそれを置き、もっともな疑問を投げ掛ける。

 何となくでなんていうものを持っているのか。とは問えなかった。理由はない。笑顔が怖かったからとかでは、決してない。

「仕事しろっつわれても、手、拘束されてるから無理〜」

 ヒラヒラと手錠をかけられた手を振る鳳。それを見て英はフムと考えた。そして手錠をもう一つ出すと鳳の足首とソファの足とを繋いだ。手に着けたものは片方だけ外し、ぶら下げた状態で放置。一体幾つ持っている。

 満足そうに英は己の席に戻った。

「え〜…マジでー…?んなに仕事させたいのかよー?」
「当たり前ですって。元はといえば鳳先輩のせいなんですから」
「……そういう鳴海は何してんの?」

 パシャパシャと拘束されてる鳳を写メっていた。

「いや。ネタになるかなーって。なかなか貴重な体験じゃないすか」
「ははっ、まーな。羨ましいだろ。何?ついでに服、はだけさせてみる?」
「誰に襲われたんですか、誰に」
「華姫」
「いいかげん手を動かしてください。鳴海くんも、お昼食べに行くのではなかったのですか?」

 下らないことをダベっている二人に、英の冷たい声が割り込む。

「あー、外暑そうなんでやっぱここで食いまーす」

 クーラー効いてますしーと、鳴海。

「手、動かせって、ペン持ってねーし」

 だから無理と鳳。

 英がペンを一本投げつける。力の限りに。

「いてっ。……なぁ鳴海。何であいつカリカリしてんの?アノ日?」
「え〜?それ訊くんですか〜?どう考えても鳳先輩のせいなのに〜」
「え〜?オレのせい〜?恋人にお預けくらったとかじゃなくて〜?」

 グシャリと、英の手の中の書類が握りつぶされた。





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あきゅろす。
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