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■見てはいけない
会長と風紀委員長の話。
一般生徒視点。




 見てしまいました。

「みぃーたぁーなぁー?」
「……っ!?見てませんっ!」

 あぁ、どうしてこんなことになってしまったのか。

 ツイてる一日のはずだったのだ。今日は。珍しく目覚ましより早く目が覚めたから二度寝できたし、朝ごはんの目玉焼きは焦げなかった。英語の宿題も忘れず提出できたし、数学の授業ではあてられずに済んだ。

 ただ、廊下で友達とふざけていたら、窓から携帯を落としてしまって。慌ててとりにいったらすぐに見つかった。運よく繁みの上に落ちたから、壊れた様子もなかった。ここまではいい。

 よかったと、胸を撫で下ろし、ふと顔をあげたら猫がいた。

「……………にゃんこだ」

 ゆったりゆったりと歩くその後ろ姿に、テンションが上がってしまった。条件反射のように後を追う。これがいけなかった。

「にゃんこ。にゃんこ。どこいくんだ?」

 一度振り返り、興味なさげにまた前を向く。そのそっけなさにきゅんきゅんする。

「にゃんこ〜」

 テンションだだ上がりだったのだ。
 ガサガサと繁みの中を突き進んでいく。猫はゆったりと前を歩き、やがてある人物にすりよった。

 その人はこちらに背を向けしゃがみこんでいる。どうやらそのさらに奥の方を隠れて覗いているようで、不審なことこの上ない。

 なぜか周りには猫が数匹いて、猫だまりになっている。不審人物になついているようで、みんな引っ付くようにしてくつろいでいた。一匹など、肩の上に乗っかっている。すごい。うらやましいと思うものの、不審人物は猫たちを無視して一心不乱に前方をうかがっている。

 うな〜…うにゃあ〜…

「しぃー、静かにしてろ。みつかっちまうだろうが」

 関わらない方がいい。絶対に関わらない方がいい。

 慌ててその場を立ち去ろうと後ろずさり、足を滑らせ尻餅をついてしまった。不審人物が勢いよく振り返る。わが校の生徒代表。生徒会長さまだった。

 そして冒頭のやり取りに至る。

「ばっ…でかい声出すな。気づかれちまう」

 ぐいっと腕を引かれ、口をふさがれる。そして会長さまは繁みの向こうを恐る恐る覗いた。

 一体何があるのかと拘束された状態のまま見れば、少し離れたベンチにも有名人がいた。音楽を聞きながら、仰向けに寝ているその人は風紀委員長。

 どうやらこちらのやり取りは聞こえていないようで、起きる気配はない。会長さまが、ほっと胸を撫で下ろす。

「……………来い」
「む〜……うぅー…」

 口を塞がれたまま連れていかれた先は校舎裏。どんっと壁に押し付けられ、両腕で囲われる。近い近い近い。顔が近い。近距離で睨み付けられて、メチャクチャ怖いっ。

 足元でついてきた猫がたむろってるけど、全然、癒されない。

「………見たな?」
「みっ…見てませんっ!そんなっ、会長が猫にまみれてたり、風紀委員長にストーカーしてたりなんてまったく、これっぽっちも見てませんっ!」
「見てんじゃねぇかっ!」

 ぐいっと襟をつかまれた。

「見てませんっ見てませんっ見てませんっ!普段偉そうなクセに猫になつかれてるとか動物好きなのかよギャップ萌え狙ってんのかよだとかストーカー行為のせいで台無しだ変態だとか風紀委員長に惚れてんのかよ前と後ろどっちねらってんだよどっちも想像したくねぇよだとか猫まみれなだけに会長ネコかよだとかいっさい思ってませんっっっ!」
「なっ…なんつーこと考えてんだぁっ!?」
「だって覗いてたじゃないですか委員長のことっ!どうみたってストーカーですよ!?惚れてるんでしょう!?好きなんでしょう!?委員長のことが!」
「何でオレがあいつに惚れなきゃなんねぇんだっ!鳥肌立つわっ!お前の目は節穴か?あぁっ!?」
「じゃー何なんですかっ!?意味わかんないですよ!」
「偵察だっ偵察っ!てっめぇこそ意味わかんねぇんだよっ!寝言ほざいてんなっ!」

 大声が響き、沈黙が訪れる。腹の底から叫び声を上げてしまったため息が切れ、二人揃ってぜいぜいと呼吸を整えるはめになってしまったのだ。

「と、とりあえず、一度、落ち着きましょう」
「はぁ?…あ?てめぇが、言うな」
「何か、ちょっと、誤解があるようなので、説明、説明をお願いします」
「命令、すんな」

 はぁーと息を吐き、会長さまがあぐらをかき壁に背を預ける。オレも、ずるずると腰を下ろし膝を抱えた。

「偵察って、何ですか?」
「あー?」

 面倒くさそうな呻き声。見れば会長さまの膝の上で猫がのびている。当たり前のようにその腹を撫でていた。他の猫もすりよっている。オレの方には来ないのに。

「………あいつぐらいだろ」
「え?」
「この学校で、オレと張り合えんのはあいつぐらいだろ」
「あぁ、まぁ、そうですね」

 あいつはライバル。ことあるごとに衝突して、気にくわない奴だと思っていたのに。ふと見せられた優しさ。そんなところもあるんだ。気づけばそれまでとは違う目で見るようになって。何だろう。この胸のときめき。もしかして、これが……

 どこの少女漫画だ。

「………それでときめいちゃったりしたんですか?」
「はぁ?」
「何でもありません。こっちの話です」

 よかったと胸を撫で下ろす。そんなうすら寒いものには関わりたくない。ものすごくうさんくさそうな目で見られてしまったけど。

「張り合いがあんのはいいが、負けるのは気に食わねぇ。だから弱点がないか探ってたんだ」
「はぁ…そうですか」

 方向性を間違えてる気がするのは気のせいだろうか。

「頑張ってください。オレ、影ながら応援してます。それでは」

 このまま逃げ…去ってしまおうと、立ち上がろうとしたら、腕をむんずとつかまれた。

 つかんだ会長さまはあくどい顔をしている。

「待て」
「いえ、ほら、会長さまの貴重な時間を邪魔するわけにはいきませんし。それに早く戻らないと弱点見逃すかもしれませんよ?」
「その前に生徒手帳をおいてけ。カードキーでも可」
「何でですかっ!?」
「あっ?秘密を知ったからには口止めだ。身元おさえるに決まってんだろ」
「言いませんっ!言いませんからっ!」
「口約束なんざ信用できるわけねぇだろ。さっさと出せ」
「一年一組佐藤一郎です!ほら、ちゃんと名乗りましたよ」
「わっかりやすい偽名使ってんなよっ!おら、出しやがれ」

 全国の佐藤一郎に謝れっ!

 と叫ぶ間もなくぐっと押し倒された。そして馬乗りになる会長さま。実力行使にでやがった。

 猫たちが驚いて離れていく。それでもどこかに行ってしまったりはせずに、遠巻きに様子をうかがっている。

「どこにしまってやがる。ブレザーか?ケツポケットか?…めんどくせぇ」
「ちょっまっ…脱げるっ、脱げるからっ!」
「脱がしてんだよっ!」
「うわぁ、だっ、誰かーっ!犯されるぅーっ!」
「はっ、こんなとこ誰も通らねぇよ。往生しやがれ」
「……………いるんだな。これが」
「へ?」
「あ?」

 会長さまの背後からすっと現れた人影。穏やかなその声にばっと会長さまが振り返る。

「なっ」
「や。無理強いは、感心しないなぁ」

 場違いにもにこやかに姿を表したのは、先ほどベンチで眠っていた風紀委員長。会長さまが勢いよく立ち上がる。

「何でここにいるっ!」
「何でだろうなぁ。それより会長は何してんの?」
「か、関係、ねぇだろ」
「寂しいこと言うなよ。会長のことなら何だって知りたいってのに」
「お、お前もかっ!?」

 絶対負けないからなだとかなんとか叫びながら、会長さまは脱兎のごとく逃げてしまった。猫たちもその後を追いかけていく。

「あらら、残念。もっと話したかったのに」

 助かった。

「……あの」
「まったく。いなくなったと思ったら、こんなとこにいたなんてな」

 ん?

 お礼を言おうとして聞こえた声に思考が止まった。こちらを振り返った風紀委員長のにこやかな笑みに、なぜか嫌な汗が流れる。

「で?君は?」
「………はい?」
「見たんだよね?」

 あ、知ってる。この人全部知ってる。会長さまのストーキングもとい偵察を知ってて放置してる。

「……………は、はい」
「口外するなよ?」
「は、はいっ」

 満足げに笑みを深める風紀委員長。

 会長さま空回ってる。おもっきし一人相撲だ。

「あいつ、普段気だるげで余裕綽々なくせに、オレに対してだけ余裕なくして突っかかってくんだぜ」
「はぁ」
「かわいいよな」

 どこがですか。

 楽しそうに会長さまの去った方を眺めた風紀委員長は、ふと思い出したというようにこちらに振り返った。凄みのある笑顔と共に。

「惚れるなよ?」
「はいっ!」

 あぁぁ…何でこんな目に。








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