***
慌てて顔をふせる。
後輩に泣き顔見られた。
恥ずかしくてもうお婿にいけない!
とにかく武士の情けで見ないふりしといてほしいのに、あろうことか秋吉は目の前に来てしゃがみこんだ。腕で隠してるから顔は見えてないはずだけど、ぐずぐず嗚咽で泣いてるのはばれてる。
後輩にこんな情けない姿を見られるなんて。先輩としての威厳が。
「………何泣いてるんですか?」
「……ち、ちがっ…うぅ…」
「どこが違うんですか。ほら………ははっ、なっさけない顔」
何ということを。
何ということを!
信じられないことに秋吉はオレの腕をつかんで無理矢理顔をあげさせた。しかも他人の泣き顔見て楽しそうに笑うとか。
「うぁー…ほ、ほっとい、てよ…ぅぅ」
「ヤですよ」
いじめっこだ。いじめっこがいる。後輩のくせに。
「で?誰に泣かされたんですか?」
「か、かんけ……関係な、い…ひっく」
「へぇー?……………とりゃ」
「ふぇ?」
片腕を解放されたと思ったら響くシャッター音。涙で滲む視界の先で、秋吉が携帯片手に構えてた。
「教えてくれないなら、この写メばらまきますよ?」
「ひっ…ひっ…人で、なし……ぁぅー…」
「どーも。で、何があったんです?」
「やー」
「やーって」
「もっ、やだぁー…と、とも、だちと、ひくっ…楽しいし、がっ、こう、せい、かつ……送りだいだけなの、にー」
ボロボロと涙がこぼれる。感情が溢れ出す。
「なまっ、名前で、呼んで…ぐすっ…なくたって、ぅ、しずちゃっ、とも、だち、だもっ……のに、なで、あんな……あんなぁぅぅー」
「……しずちゃん、ねぇ」
「かん、けー…ない、くせにー……うぁ…仲、いいもんっ…友達だもんっ………ぅぅぅ……」
「友達、ねぇ」
「おう…えんっ、きない、けどっ……ひっく…とも、だち、なのー……と、とらない…でよ……うぁー……」
「ははっ、顔ぐっちょぐちょ」
何が楽しーのー?
もーやだ。意味わかんない。
「何?先輩、会長以外友達いないの?」
「いる、もんっ……真行、ちゃ、とか……ぅ…きーくんっ、とか…小栗…とかぁ…」
「小栗って親衛隊の?」
「うあー……しん、えー、たい、でもっ……とも、だち、なのー…」
「あーはいはい。そう思ってるのきっと先輩だけですよー」
「うわぁぁん!なっで、そんな……うぁぁ、い、い、いじっわるっいうのー……」
「それはね。オレが先輩を好きだからですよ」
「やーだー」
「やだときたか」
涙で全然見えてないけど、秋吉が笑ってるのがわかった。
「先輩、モテるくせに断るの下手ですね」
「ちがっ…違うもんっ」
今まで告白してきた人たちは、本当にオレのことが好きだった。だからきちんと真面目に返してる。
でも秋吉は違う。からかってるだけだ。泣いてる相手をからかうなんて、何といういじめっこだろうか。
「まぁ、いいか。嫌がってもオレのモノにするし」
「ふぁ?」
「でもオレ以外のせいで泣いてるのは気にくわないなー」
そう言って、何かが目元に触れた。
……………え?
「ははっ、しょっぱいや」
あ、涙止まった。
「ほら、先輩立って」
「………え?………あ、うん?え?」
腕を引かれるまま立ち上がり、近くのトイレへと連れ込まれる。ほっとくと腫れるからと、濡らしたハンカチで目元を乱暴に拭われた。先ほどのぬめっとした感触も拭われる。
何が起きたのか理解が追い付かない内に、されるがままになっていた。両目を濡れハンカチでおさえられ、視界を塞がれてると今度はさっきと同じ感触が唇に。
「???」
何が起きたのか本気で理解できない。てか理解するのを頭が拒否してる。ハンカチが外され、見えた先では秋吉が何事もなかったように笑ってるから、本当に気のせいだったんじゃないかと。
手を引かれ、生徒会室に戻る途中、ずっと脳みそは正常機能してなかった。
ぐるぐるしてるんじゃない。全く動いてないんだ。
「あ、秋吉……っ」
「金本っ!?」
ようやく動き始めたのは、生徒会室の扉の前についた時で。何があったのかと確認しなくてはと口を開いたのと同時に、秋吉が扉を開く。すると中からしずちゃんの焦ったような声が聞こえた。
「………しずちゃん?」
「よかった。平気か?遅いから何かあったのかと……」
駆け寄ってきたしずちゃんは、目に見えて安堵した。気遣わしげにのばされた手は、触れることなく宙をさ迷う。心配、してくれたんだ。遅くなったから。
申し訳ない。遅くなった理由が理由だからすごく申し訳ない。しずちゃんに心配かけて、何をしてるんだろう。あんな奴の言葉なんて、無視しちゃえば良かったのに。
変に気にかけて、後なんてつけなければ良かったのに。
「しずちゃーん!ごめんね。ごめんね心配かけて!」
「うわぁ」
申し訳なくって、どうしようもなくって、力の限りしずちゃんに抱きついた。わずかによろめいたけど、構わずぎゅうぎゅう抱きつく。
「………な、何事もなければ良いんだ。………本当に大丈夫か?」
「うんー。オレは平気」
不安に感じる必要なんてなかった。なのに勝手に疑って不安になって。ごめんねしずちゃん。友達だと思ってくれてるのに。信じられなかったなんて。ごめんね。やっぱりしずちゃんを思うとその恋は応援できないけど。ごめんね。ごめんね。後ついでに書類をまだ職員室に持っていってなくてごめんなさい。
落ち着かせようとするように、しずちゃんが背中をさすってくれる。
「うぁー…しずちゃん好きー」
「ありがとうな。あー………か、かのと」
「っ!?」
思わず肩をつかんで身体を離す。まじまじとしずちゃんを凝視してると、じわじわと赤く染まっていった。
「わ、悪い。忘れてくれ」
「えっ?やだ、何で?せっかくしずちゃんが名前で呼んでくれたのに」
即答すると、つかんでる肩から力が抜けた。
「その…よかった。……い、今更とか、思われたらどうしようかと」
「そんなことっ!すっごく嬉しいよ!ね?もう一回呼んで?」
「か、かのと?」
「うへへー…しーずちゃんっ」
嬉しくって、もう本当に嬉しくってさっきまで泣いてたことが全部吹き飛んだ。改めてしずちゃんに抱きついて、もう一回とねだる。
幸せすぎて、隣で秋吉が顔をひきつらせてるのに気づいてなかった。
しずちゃん大好きっ!
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