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ねつあい報道




「遅くなりましたー」
「………」

 机を破壊してしまいたくなり始めた頃、唐崎と石山が連れ立ってやってきた。と言っても新聞、恐らくは校内新聞に没頭している石山を、唐崎が引っ張って来たと言った方が正確だ。

 目が合うと、唐崎はヒラリと手を振って笑った。それに、肩の力がほんの少しだけ抜ける。

「会長。ちょっと訊きたいことあるんですけど、いいですか?」
「あ?何だよ庶務」
「この記事……詠月、ちょっとそれ貸して」
「………」
「一面とこだけで良いから」

 不服そうにした石山から、外側一枚だけを受け取り、唐崎は会長席に近づく。石山は、新聞に目を通しながら自席についた。

「この記事なんですけど……クラスの奴らが本当かって」
「あ?何だこりゃ」
「記事って、風紀委員長とのこと?」

 渡された記事を目にした会長が変な声をあげる。比良先輩は心当たりがあるのか、頬杖をつき目を細めた。

「記事?」

 何の話かわからず、思わず疑問が口をついて出る。

 クラスメイトには遠巻きにされてる。猿が来る前にはまだ友人と呼べる奴らがいたが、騒動に巻き込まれる内に離れていった。

 リコール及び一部風紀委員の解任後は、平和になったのだが今度は生徒会の手伝い。一度離れたことに対する後ろめたさなのか、生徒会のネームバリューのせいなのか、猿が大手を振っていた頃と変わらずの孤立状態。

 だから噂話などには疎くなってはいるのだ。

「粟津は訊かれなかったか?」
「ああ」
「ほら、これ」
「………は?」

 これと唐崎が見せてくれた記事には、デカデカと熱愛発覚の文字が踊っていた。その下には会長と風紀委員長の写真。寮の部屋から二人連れだって出てくる光景。

 会長の反応を見るかぎり知らなかったようだが、だとしたら迂闊だとしか言いようがない。

「おい、庶務」
「はい」
「お前はどう見る」

 しばししかめっ面をしていた会長は、自身の考えがまとまったのかすでにいつものムカつく笑みを浮かべている。会長の、試すような問いかけに、唐崎はわずかに首をかしげて応じた。

「事実にしろガセにしろ、メリットが見えませんね」
「ほぅ?」
「確かに生徒会と風紀の連携は必要です。そのトップ同士が親密となれば、パフォーマンスとしては最適でしょうけど、盗撮より会見をした方が効果的ですし」
「ああ」
「事実、スクープなのだとしても、許可なくこんな記事を載せるわけはないので会長に訊ねたんですが」
「オレは知らなかった」
「なら風紀委員長が許可したんでしょうね。それならメリットもありますし」

 そう言って、唐崎は肩を竦める。

「なんせ彼はまだ風紀委員長を諦めてませんから」

 ‘彼’という言葉に苦い思いが広がる。どう考えてもそれは猿のことだ。現在風紀の監視がついており、なおかつ目立つ取り巻きがいなくなったので以前よりは大人しくなっている。

 だからと言って性格が矯正されたわけではない。まだ人間に進化できていない。

 関わらずに済むようになり清々していたが、存在が消えたわけではない。

 てかまだ、風紀委員長を諦めていなかったのか。一刀両断されていたというのに。なんてしつこい。諦めさせる手段としてこのような方法は確かに有効だ。しかも本人が口実に使うよりは説得力が出る。

 また、いつか風紀委員長が靡いてしまうのではという不安も、今回の件で払拭される。

「で、どうします?会長。生徒会としてはメリットもデメリットもなさそうなので、放置しといていいとは思うんですが」

 後は会長の気分次第。そう、唐崎が問いかけると、会長はクイと口角を持ち上げた。

「貸しを作っとくのも悪くねぇ。肯定も否定もしなくていい」
「わかりました」
「備品の発注リストだ。会計に見積もり作らせとけ」
「はい。ところで会長。何でさっきからちょいちょい顔しかめてんですか?」
「あ?書記のせいだ書記」
「比良先輩?」

 コテンと首をかしげた唐崎が、比良先輩に視線を移す。

「失礼だなぁ。僕は親切心でもってあげただけなのに」
「にげぇんだよ」
「唐崎くんもいる?飴ちゃん」
「いいんですか?」
「やめとけ」
「やめといた方がいい」

 思わずかけた声が会長と重なる。視線を向けると目が合い、ニヤリと笑われた。ぐっと、奥歯を噛み締める。

「余計な口、出さないでくれるかなぁ?」
「喰い物じゃねぇだろうが」
「会長がそこまで言うなんて、どんな味かすごく気になるんですけど」
「ほらあげる。飴ちゃん。石山くんの分も」
「ありがとうございます」

 怖いもの知らずな。

 受け取ったリストと飴を、唐崎が石山に渡す。二言三言声をかけると、新聞に没頭していた石山が視線を上げる。その様子を確認してから、パソコンに意識を戻した。

 メールをチェックし、転送が必要なものは転送を、返信不要のものはフォルダを移動させ、処理や確認が必要なものを印刷する。

 カタリと、聞こえた音に顔を上げると、唐崎がお茶をいれてくれていた。置かれた湯飲みを手に取り、礼を言う。

 やんわりと笑んだ表情や、身体に染み入る熱いお茶に癒された。

 唐崎は自身の役員入りを石山のおまけだと語っていた。石山の集中力は度を超していて、それを止められるのが幼馴染みである自分だけだからと。

 だが、現役員の中で一番人望があるのは唐崎のはずだ。面倒見のよい彼は、人脈が広く、自然と情報も集まってくる。

 第一、一癖も二癖もある生徒会の中に、唐崎のような良識的な奴がいなければ、オレはとっくにぶちギレている。猿に振り回され、駄犬共に難癖をつけられてもキレなかったにもかかわらずだ。

 ふぅと息を吐いたと同時にノックの音が響いた。

 入ってきたのはちょうど先程話題に上がっていた風紀委員長。ゆっくりと室内を見渡し、それから会長をまっすぐに見据える。口許には余裕の笑み。

「よぉ、会長サマ」
「あ?風紀が直々に何の用だよ」
「おら。こっちに紛れてた」

 ピラリと、書類を一枚会長の机の上に放る。

「はっ、わざわざ持って来るたぁ随分と暇なようだな」
「あぁ?手間かけさせといて礼の一つもなしかよ」
「礼、ねぇ」

 ふいっと視線をそらした会長は、数秒考えるそぶりを見せた。そして、何だか嫌な予感しかしない笑みを見せると、おもむろに立ち上がる。

「あ?」

 訝しげな声をあげた風紀委員長のネクタイを掴み、引っ張った。

「………………にげぇ」
「はっ、それしきの苦さで音を上げるなんざ、風紀のクセにヤワだな」

 いや、会長も文句言ってただろうがってか今何しやがったこのバ会長。いくら苦くて不味くても‘そこ’はゴミ箱じゃない。どこに捨ててやがる。礼でゴミ押し付けてんじゃねぇよ。ってそうじゃない。この場合その方法が問題だ。

 え?何この二人。本当にできてんのか?

 助けを求めるように、横に立ったままの唐崎を見上げる。呆れたようなひきつったような表情をしていた。

「………クラスメイトにさ」
「あ?」
「本当かって詰め寄られた時、最恐カップル過ぎる。頼むからガセだと言ってくれってせがまれたんだよな」
「………………」
「否定しといてやりたかった」
「………………」
「まぁ、肯定もしねぇけど」

 何も言えることなく、給湯室に盆を戻しに行く背を見送った。孤立してて良かったと心底思いながら。

 そしてふと、比良先輩と目が合う。艶やかに笑んだ比良先輩は、悪のりしたのだろう投げキスを送ってきた。それをおざなりに叩き落とす。

 重苦しいため息がこぼれた。





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あきゅろす。
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